拉致問題-1
映画「めぐみへの誓い」



2022.11.28-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20221128-JL2J3PBNKNIZ5NBKALPXTK2M74/
横田めぐみさんの母校で帰国を願う集会 母・早紀江さん「早く帰れるよう祈ってほしい」

  北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさん(58)=拉致当時(13)=の母校、新潟市立新潟小学校で28日朝、「帰国を願う集会」が開かれた。めぐみさんの母、早紀江さん(86)は川崎市の自宅から電話で参加し、「めぐみや多くの拉致被害者が早く帰国できるよう祈ってほしいと訴えた。

  体育館で行われた集会には、全校児童約500人が参加。めぐみさんとの再会を果たすため活動している「同級生の会」代表の池田正樹さん(58)が、めぐみさんの人柄や家族の思いなどを写真を交えて紹介した。
  児童を代表して6年の相場希(のぞみ)さん(12)が「来年こそはお帰りなさいといえますように。めぐみさん待っています」とメッセージを送った。また、6年の花田真結花(まゆか)さん(12)は「私たちにできることは拉致問題を絶対忘れず、心の中にとめておくこと」と訴えた。
  早紀江さんは「大切なめぐみが早く帰国し、新潟にいたころのように明るく元気に暮らせるように毎日祈っている」と話し、児童にも「帰国を祈ってほしい」と語りかけた。
  池田さんは「多くの子供たちにめぐみさんのお母さんのつらさが伝わればと思い、講演をした。若い人たちに拉致問題を伝えていくことが、めぐみさんの同級生の役割」と語った。
  集会は、めぐみさんが45年前の11月15日に市内で拉致されたことを受け、毎年11月に開かれている。


2022.11.15-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20221115-UMRX3PTUZBPEJIRLYNU6HCIKDQ/
拉致から45年…今の姿、想像できません 家族の窮地、政治は直視を

  めぐみちゃん、こんにちは。昭和52年11月15日。あなたが北朝鮮に拉致されたあの日から、45年の月日が流れてしまいました。13歳だっためぐみは58歳。今、どんな姿なのか、もはや想像することもできません。お母さんは最近、限られた時間を実感して、身のすくむ日々を送っています。

  闇の奥底に捕らわれた被害者も、日本で待つ家族も、老い、体を病み、残された時間は本当にわずかです。決してあきらめない。あきらめたくない。お母さんたちは、人生のすべてをかけた最後の闘いに臨んでいます。
  日本は木々の色づきが深まり、少しずつ、底冷えを感じる日が増えてきました。自然が大好きだったあなたに、祖国の美しい風景を一刻も早く見せてあげたい。同時に、過酷すぎる北朝鮮の冬を乗り越えることができるのか、心配でなりません。
  いらだちは募ります。明確で非道な国家犯罪を、なぜ解決できないのか。日本に工作員を侵入させ、子供たちを縛り、船倉の暗闇に閉じ込め、北朝鮮へと連れ去る。国家主権の侵害そのもので、人権を踏みにじる悪行の極みにほかなりません。拉致事件が解決され、被害者が祖国の土を踏むのは「正義」です。それが実現されず、理不尽な状況がひたすら続く。だからこそ、解決できなければ、日本国の恥です。
  そして、これを看過すれば禍根を残し、ふたたび同じような惨禍を招くのではないか。お母さんは、それが心配でなりません。

  次世代に明るい未来をつなぐためには、私たちの世代で拉致事件という「宿業(しゅくごう)」をすっきりと解決するしかありません。すべての政治家、官僚は同じ決意をもっていただきたい。そして、国民は被害者を思い、声に出し、後押しをしていただきたいのです。
  私たち家族はどこにでもいる庶民です。自らの手で被害者を救い出すことは到底、かないません。だからこそ、日本国、世界中の皆さまの助けが必要です。
  岸田文雄首相は、北朝鮮の最高指導者、金正恩氏と直接対面する決意を示されています。首脳会談を実現させ、毅然(きぜん)とした態度で、解決に向けた一歩を踏み出していただきたい。政治は、家族の窮地を直視してください。
  「言葉ではなく、具体的な『成果』が欲しい」。これは、家族すべての共通した宿願です。切れそうな心の糸を必死につなぎながら、一日でも早く、その日が来ることを祈る毎日を送っています。
  「どこにいるの」「返事をして」。昭和52年11月15日。新潟市で、忽然(こつぜん)と姿を消したあなたを捜して、必死に声をからしたことを鮮明に覚えています
  まだ小さかったあなたの双子の弟、拓也と哲也を連れ、海岸線を歩きました。あなたを呼ぶ声が鉛色の海に吸い込まれる絶望感を、今でも忘れません。

  あなたに姿が似た女性を見かけると、追いかけて顔を確認しました。テレビの尋ね人のコーナーに出演して情報を求めたこともあります。平成9年、あなたが北朝鮮に拉致されたことが分かるまでの20年は、まさに「地獄」でした。
  国民の声は少しずつ、でも着実に大きくなり、14年の日朝首脳会談で期待は高まりました。でも、北朝鮮はあなたが「死亡」したと主張し、偽の遺骨や、噓の経緯を伝え、その主張を変えていません。
  首脳会談からさらに20年がたちましたが、事態は進みませんでした。その間に、多くの家族が逝去し、お父さんも2年前、天に召されました
「私たちの大切な娘を奪った悪には、徹底的に立ち向かう」
  お母さんはいつも、この思いを訴えています。そして、同じ思いを政治にも持ってほしいのです。
  北朝鮮は最近、弾道ミサイルを相次いで発射しています。核開発を加速させる可能性もあるようです。複雑に絡まった国際情勢は、理解を超えていますが、日本国の主体的行動がなければ、拉致事件の膠着(こうちゃく)を打開するのは難しいはずです。

  お母さんは来年2月、誕生日を迎えると、お父さんが亡くなった87歳と同い年になります。
  1人で暮らす中で、外に買い物に出かけ、ご飯を作り、風呂の掃除をする。健康のため、できるだけ体を使うようにしていますが、ふとしたときに転んだり、よろけたりして、衰えを実感してしまいます。
  拓也、哲也に心配をかけることも多くなってきましたが、日常のささいな困りごとを伝えると、すぐに顔を出してくれます。
  私たち親世代が、救出運動の一線に立てなくなり、子供たちの世代が先頭に立つことになってしまった現実が、ふがいなく、無念でなりません。だからこそ今一度、微力でも渾身(こんしん)の力で声をあげ、行動し、残された被害者すべてを祖国に取り戻したいのです。
  家族、地域、信仰をともにする方々、拉致の解決に思いを寄せるすべての皆さまに感謝しています。

  めぐみちゃん。きっとあなたのことだから、さまざまな苦難の中でも、必死に頑張っていることでしょう。お父さんは天から見守ってくれています。お母さんは、残された時間の全てを、あなたとの再会のためにささげます。その思いが揺らぐことは決してありません。生きて必ず、また会いましょう。その日まで、どうか、待っていてね。


2022.11.08-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221108/k10013884981000.html
横田早紀江さん「本当にむなしい」 めぐみさん拉致から45年

  中学1年生だった横田めぐみさんが下校途中に北朝鮮に拉致されて来週で45年になるのを前に、母親の早紀江さんが記者会見し「表現のしようがないくらいむなしい」と心境を明かしたうえで、一刻も早い帰国に向け政府の具体的な行動を求めました。

  横田めぐみさんは、1977年11月、中学1年生の時に、新潟市の学校から帰る途中、北朝鮮に拉致されました
  その後、安否は分からないままで、今月15日に拉致から45年が経過します。
  これを前に8日、母親の早紀江さん(86)が記者会見し、45年がたつことについて「普通の人間が身を粉にして頑張り続けてきたのに、消息すら分からないし、顔も見ることができず声も聞けない。表現のしようがないくらいむなしい。解決できないまま終わるのではないかとか、いろいろなことを考えてしまい、人間として本当にむなしい気持ちです」と語りました。
  そのうえで、「政府は何をやっているんですかと言いたい。大変な問題なのに月日ばかりがたち、心にしみてやってくださっていないのかと思うほど、まどろっこしい。水面下であれ、北朝鮮と話し合わないと前に進まないので、政府には早く行動していただきたい」と求めました。
  そして、「拉致被害者にとっては地獄のような長い年月になっていますが、解決した時には彼らの忍耐が祝福される日が来ると思います。必ず道は開けるので、病気にならずに元気でいてほしいと呼びかけました。


2022.10.15-NHK NEWS WEB -https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221015/k10013859951000.html
北朝鮮拉致被害者 5人の帰国から20年 それぞれの活動、思いは

  北朝鮮に拉致された被害者のうち5人が帰国して、15日で20年がたちました。
  NHKのインタビューに応じた、その1人、蓮池薫さんは当初はメディアへの対応にも慎重な姿勢を崩さず、公の場で発言することは控えてきました。
  その蓮池さんが、残された被害者の帰国を強い口調で訴えるようになった背景には、遅々として展望が開けない現状への怒りがありました。

  1978年に北朝鮮に拉致された蓮池薫さん(65)は、2002年の日朝首脳会談の後、24年ぶりに帰国を果たしました。
  当初、北朝鮮での体験や拉致問題に対する考えをメディアや公の場で話すことに慎重な姿勢を崩さなかった蓮池さんは、その理由について、「自分の発言が与える影響を考えれば、残された被害者の帰国にとってプラスよりもマイナスになるのではと感じていた。自分が知っていることが多くの方に伝わると、北朝鮮側にマイナスの要素として捉えられる可能性があった」と振り返りました。この姿勢に変化が見られるようになったのは帰国して10年ほどがたった頃からでした。
  蓮池さんは「この歳月の中で、解決に向けた展望が、明るくなるより厳しさを増していくような感触を受けていた。『このままでは本当に解決できないまま終わってしまうかもしれない』という危機感が日に日に増してきた。私自身が世論を喚起したり、政府が方策を考えるうえでの材料になればという思いが強くなってきた」と明かしました。
  心境の変化の背景には、自分たちを最後に被害者が帰国できていない現状への怒りと、政府に対する厳しいまなざしがあったと語る蓮池さん。
  この間、講演などで一貫して訴えてきたことばが「夢と絆」です。
  蓮池さんは「私は帰国でき、夢を追い、家族と会うことができる環境の中で暮らせるようになった。しかし、まだ帰ってきていない被害者は、40年以上も夢を絶たれ、希望を絶たれ、家族との絆も絶たれてしまっている。残された被害者にとっての『夢と絆』を何としても取り戻さないといけない」と強調し、被害者全員の帰国に向けた政府の具体的な行動と世論の後押しを求めました。
蓮池薫さん 祐木子さん夫妻の20年
  蓮池薫さん、祐木子さん夫妻は、1978年、新潟県柏崎市の海岸から北朝鮮に拉致されました。2人は、北朝鮮での生活を余儀なくされた24年間を経て、2002年に帰国を果たし、このうち薫さんは、地元の柏崎市役所の臨時職員として広報紙の制作などの仕事に携わりました。
  2004年に退職後、新潟産業大学で韓国語の講師を務めた薫さん。仕事のかたわら、拉致された当時通っていた中央大学にも復学し、法律の勉強を続け、2008年に卒業しました。小説などの翻訳も手がけ、2009年には、北朝鮮での体験などを初めてつづった手記「半島へ、ふたたび」が優れたノンフィクション作品に贈られる賞を受賞しました。
  新潟大学の大学院で修士課程を修了した薫さんは、現在、新潟産業大学経済学部の准教授として、韓国語や異文化コミュニケーションなどを教えています。また、今も各地を回って講演活動を続けていて、自身の北朝鮮での体験や問題の解決に何が必要かを訴えています。
  妻の祐木子さんは、柏崎市内の保育園で調理補助として働いたあと、現在は退職しています。2人の子どもはすでに自立し、それぞれの道を歩んでいます。
安否不明の拉致被害者は12人
  政府が北朝鮮による拉致被害者と認定している17人は、1977年から83年までの7年間に相次いで拉致されました。このうち、日本国内からは、帰国した5人を含む横田めぐみさんなど13人、ヨーロッパからは有本恵子さんなど3人が拉致されました。
  また田中実さんはヨーロッパへ向けて出国後に消息を絶ちました。蓮池薫さん、祐木子さん夫妻と地村保志さん、富貴恵さん夫妻それに曽我ひとみさんの5人は、2002年の日朝首脳会談のあと帰国を果たしましたが、このほかの12人の安否は分かっていません
  北朝鮮は、このうち8人について「死亡した」としていますが、死亡を証明する書類が存在しなかったほか、「横田めぐみさんや松木薫さんのものだ」として出してきた遺骨から別人のDNAが検出されるなど、その説明を裏付ける証拠は全く示していません。
  また、「ガス中毒」や「心臓まひ」など、8人が死亡に至った状況の説明にも不自然であいまいな点がありました。このほか、北朝鮮が入国そのものを否定したり未確認だとした曽我ミヨシさんなど4人のケースについても、拉致に北朝鮮が関与した
ことが警察の捜査で明らかになっています。
地村保志さん 富貴恵さん夫妻の20年
  地村保志さん、富貴恵さん夫妻は、1978年、福井県小浜市の海岸から北朝鮮に拉致されました。2人は、帰国した翌年の2003年4月、地元の小浜市でそれぞれ就職しました。
  保志さんは小浜市の職員として食のPRや観光振興などに携わり、富貴恵さんは福井県の嘱託職員として出先機関でパスポートの交付などの業務を担当しました。また、ほかの拉致被害者の救出を求める会合や署名活動にたびたび参加し、問題の早期解決を呼びかけてきました。
  2016年3月に小浜市役所を定年退職した保志さんは、拉致問題のことを子どもたちにも知ってもらおうと、4年前から地元の小中学校でみずからの体験を語る活動をしています。また、ことし5月には、新型コロナの感染拡大で見合わせていた署名活動を再開するなど、今もなお、残された被害者の帰国に向けた世論の支援を呼びかけています。3人の子どもたちはいずれも結婚し、長女は金融機関に勤め、長男は県内の大学を卒業後、地元の電子部品メーカーで技術者として働いています。
  次男は大阪の大学を卒業後、福井市に本社がある化学メーカーで勤務しています。15日、地村さんは地元の小浜市で支援者とともに署名活動を行い、「残された被害者の救出にご協力ください」と呼びかけると、通りかかった人が次々と応じていました。
  このあと記者会見に臨んだ地村さんは、はじめに北朝鮮での生活を振り返り、「決して忘れてはいけない過去だが、帰国してからの現実の方が生々しく、だんだん記憶が薄れています」と話しました。
  そして、帰国後の20年間に触れ、「拉致問題は解決しておらず、きょうを20年目の節目や記念日として捉えることはできません」と述べ、北朝鮮に残された被害者の救出への道筋が見えないことに危機感を訴えました。
  そのうえで、被害者自身も高齢化が進んでいるとして、「いま救出しないと奪還が難しくなる。北朝鮮との交渉は進展しておらず、口先ばかりでは解決への道は開けない。政府は水面下や実務者での協議を進めてほしい」と求めました。
曽我ひとみさんの20年
  曽我ひとみさんは、1978年、新潟県佐渡市の自宅近くで、買い物から帰る途中、母親のミヨシさんとともに北朝鮮に拉致されました。当時19歳でした。
  2002年に帰国したあと地元の佐渡市に戻り、自治体などの支援を受けながら准看護師の資格を生かして嘱託職員として働きました。
  2004年には、北朝鮮で結婚した元アメリカ軍の兵士、チャールズ・ジェンキンスさん、それに2人の娘との日本での再会が実現。再び一緒に暮らすことになりました。
  2007年からは佐渡市の職員として福祉施設で介護の仕事をしています。日本語を学んだ2人の娘のうち、長女は専門学校で保育士の資格を取って保育園に勤務しています。次女は酒造会社で勤めたあと、2014年に結婚し、佐渡市を離れて生活しています。夫のジェンキンスさんは、市内の観光施設でみやげ物の販売員として働き、観光振興に貢献したとして感謝状を贈られたこともありましたが、2017年に77歳で亡くなりました。曽我さんが最も気がかりなのは、ことし12月に91歳の誕生日を迎える母、ミヨシさんのことです。拉致から44年がたった今も消息は分かっておらず、曽我さんは、ミヨシさんをはじめ、拉致被害者の一刻も早い帰国を求める署名や講演活動を続けています。
横田めぐみさんの同級生たち1日も早い再会を誓い合う
  中学1年生の時に北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの当時の同級生たちが、地元、新潟でチャリティーコンサートを開き、めぐみさんとの思い出の曲を合唱して1日も早い再会を誓い合いました
  このコンサートは45年前、中学1年生の時に北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの小中学校の同級生たちが毎年開催しています。はじめに、会場と電話をつないだめぐみさんの母親の早紀江さんが、集まった人たちに「あと一歩と思いながら体にむち打って頑張っています。みんなで力を合わせて頑張っていきましょう」と呼びかけました。また、弟の哲也さんも「同級生の皆さんと会って、姉もこんな感じなのかなと想像を巡らせていました。親やきょうだいが生きているうちに拉致被害者が帰って来ることこそがゴールです。政府は結果を出してほしい」と話しました。
  コンサートには、きょうで帰国から20年がたった拉致被害者の曽我ひとみさんも参加し北朝鮮でめぐみさんと暮らした一時期を振り返ったうえで、「めぐみさんには体に気をつけてほしい。日本に帰ることを諦めないでほしい」と呼びかけました。そして、めぐみさんの同級生でバイオリニストの吉田直矢さんが演奏を披露し同級生たちが、校内の合唱コンクールでめぐみさんも歌ったことがある「翼をください」を合唱して1日も早い再会を誓い合いました。


2022.06.04-Yahoo!Japanニュース(産経新聞)-https://news.yahoo.co.jp/articles/76375bda4243a657bfb9a0e2a439b148d3976a38
めぐみへの手紙 お父さんの死去から2年 ウクライナ侵攻、米大統領との面会 「日本も毅然とした言動を」

【めぐみへの手紙】
  めぐみちゃん、こんにちは。日本は日差しのまぶしい日が増え、初夏の力強い命の息吹を感じます。あなたとの再会を、誰よりも強く望んでいたお父さんが天に召されてから、5日で2年になります。

   自宅に飾る写真に「お父さん、おはよう」と声をかけるのが、1日の始まりです。その日のちょっとした出来事を報告したり、折に触れてお花や酒を供えたりします。
   先日、米国のバイデン大統領と面会しました。 お母さんは、山口へ家族旅行に行ったとき、お父さんが撮影した写真を携え、思いを伝えました。
  私やめぐみちゃん、弟の拓也、哲也が笑顔で並んで歩いているものです。 被害者の親世代で参加したのはお母さんと、有本明弘さんの2人だけ。椅子に座らせてもらいましたが、大統領は私の前で膝をつき、目をしっかり見つめ、「子供がいなくなった親の気持ちは、本当にわかる」とおっしゃいました。
  バイデン大統領は、病気などでお子さんを亡くした経験をお持ちで、私たちへの共感を伝え、拉致解決への協力も約束してくださいました。お父さんと同じように、とても優しい思いを持った方でした。 世界ではきょうも、厳しく、冷酷な現実が繰り広げられています。
   ロシアの侵略を受けたウクライナでは、ゼレンスキー大統領が祖国を守る戦いの先頭に立ち、国民は命懸けで戦いを続けています。 北朝鮮による拉致事件は、重大な主権侵害であるという点でウクライナ侵略と同じです。なぜ長年、解決の日を見ないのか。決然とした態度で、北朝鮮の胸にするどく刺さるような言動が、日本の政治家にも必要ではないでしょうか。 私たち家族に、もう後はありません。

  昨年12月、家族会代表として長く救出運動の先頭に立ってくださった飯塚繁雄さんが亡くなりました。妹の田口八重子さんとの再会を果たせず、どれほど無念だったか。 そして、家族会代表は拓也が引き継ぐことになりました。お父さん、飯塚さんに続く3代目の代表です。私たち親世代で決着するはずだった拉致問題は、ついに子供の代まで、その宿業を負わせることになってしまいました。
  これがどれほど異常で、残酷なことか。政治家、官僚の方々には、現実を直視していただきたいのです。僅かでも局面に風穴を開け、拉致問題を進展させるきっかけとするため、一人でも多くの日本国民、世界中の皆さまに声をあげていただくことが今、必要です。
  北朝鮮ではこのところ、新型コロナウイルスの拡大が伝えられています。めぐみちゃんや、被害者の健康が本当に気がかりです。 こうした北朝鮮の異変を機会ととらえ、日本政府、そして国際社会は果断に行動してもらいたいと思います。
  そして、最高指導者、金正恩氏を決断に導き、すべての被害者の帰国につなげていただきたい
  家族会は、親世代が存命なうちに被害者と再会がかなわなければ、本当の解決とはいえないと訴え続けています。 それでも時の流れは残酷で一人、また一人と、悲しい別れが続きます。
  めぐみちゃんのおじさんにあたるお母さんの兄も先月、この世を去りました。長く地元・京都で療養し、見舞いに行くたび、あなたの写真を見ながら、「めぐみはどうしているかな」と気にかけていました。 命に限りがあることは分かりきったことですが、肉親との離別は本当に辛く寂しいものです。
  お母さんは86歳になりました来年で、お父さんが亡くなった87歳に並ぶ年齢です
  声が出にくくなり、集会などで長い時間、お話をすることはもう、かないません。 お父さんが亡くなった2年前、その遺志を継ぎ、最後の最後まで精いっぱい戦い抜くと誓いました。その思いに寸分の揺らぎはありませんが、やはり体力の衰えは隠せません

  皆さまの温かい心遣いに支えられ、なんとか日々を生きています。 混迷を極める国際情勢の核心は、私たち庶民には分かりませんが、今、日本の国のありようが問われていると感じます。 侵食を許し、国民を理不尽に奪われたまま、取り返せないのは、国家の恥に他なりません。
  拉致問題は、私たち横田家や、限られた一部の家族の問題では決してありません。拉致を許し、今も解決できない国のありようを思うとき、同じ惨禍が再び、日本を襲うことになりかねません。 お父さんの遺骨は壺に入ったまま、今も自宅に置いています。生きて抱きしめ合うことができなくなった以上、せめてめぐみにこの壺に触れてもらいたい
  拓也、哲也とそう話し合い、決めたことです。 そのためには、あなたが元気で、一日も早く、祖国の土を踏むことが必要です。どうか心を強く持ち、健康に十分に気を付けて暮らしてください。お母さんは懸命に祈りをささげ、解決への思いを広げて、再会の時を信じ、待ち続けています。


2022.05.23-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220523/k10013638491000.html
拉致被害者の家族 バイデン大統領と面会し直接訴えへ

  北朝鮮による拉致被害者の家族が日本を訪れているアメリカのバイデン大統領と23日、面会します。高齢化が進み、被害者との再会を果たせないまま亡くなる家族が相次いでいること、そして、40年以上にわたって肉親と引き裂かれたままの苦悩を大統領に直接、訴えることにしています。

  面会は東京の迎賓館で行われることになっていて、家族会の代表で横田めぐみさんの弟の拓也さん(53)や、母親の早紀江さん(86)、それに、田口八重子さんの長男の飯塚耕一郎さん(45)などが出席することになっています。
  拉致被害者の家族がアメリカの大統領と面会するのは3年前、2019年のトランプ前大統領以来、5回目で、バイデン大統領との面会は初めてです。
  面会では、家族の高齢化が進み、歴代大統領と面会した横田滋さんや飯塚繁雄さんなど、被害者との再会を果たせないまま亡くなる家族が相次いでいることを伝えることにしています。
  そして、40年以上にわたって肉親と引き裂かれたままの家族の苦悩を訴え、すべての被害者の1日も早い帰国に向けてアメリカの協力を求めたい考えです。
  家族会の代表を務める横田拓也さんはNHKの取材に対し、「40年以上、家族やきょうだいに会えない無念さや悲しさ、悔しさを伝え『この問題は許せない』と感じてもらいたい」と話しています。
  被害者家族は、大統領との面会はゴールではないとしていて、23日の日米首脳会談で拉致問題についてどのようなやり取りが交わされるかを注視するとともに日本政府の主体的な取り組み、そして、日朝首脳会談の実現を求めていくことにしています。
横田めぐみさんの弟 拓也さん「心からの声をぶつけたい」
  バイデン大統領との面会を前に拉致被害者の家族会代表で、横田めぐみさんの弟の拓也さんがNHKのインタビューに応じ、「被害者の家族が40年以上、苦しみの中にいること、そして、家族やきょうだいに会えない無念さや悲しさ、悔しさを直接、熱量を持って伝えたい。そのことによって、バイデン大統領に『この問題は許せない』と感じてもらえるように、心からの声をぶつけたい」と話しました。
  また、「私の父はおととし亡くなり、家族会の飯塚前代表も妹の田口八重子さんと再会できないまま去年、亡くなったという現実がある。『40年以上たっても会えないなんて許されてはいけない』ということは伝えたいし、86歳になった母や90歳を超えた有本明弘さんが心から話せば、解決に向けて時間がないということは必ず伝わると思う。何とかアメリカの力を借りたいという気持ちを本音で話したい」と語りました。
  さらに横田さんは「私たちがアメリカの大統領と面会することはキム・ジョンウン総書記にとってプレッシャーになると思う」と述べたうえで、日本政府に求めることとして「圧力を維持しながらも、対話によって拉致問題を解決すれば、互いの国にとって明るい未来になるというメッセージを発してほしい」と話しました。
横田めぐみさんの母親 早紀江さん「よい動きが始まれば」
  中学1年生の時に拉致された横田めぐみさんの母親の早紀江さんは(86)23日午前、NHKの取材に応じ、「無残に連れ去られた子どもたちが40年以上もとらわれたままになっていること、解決に向けて協力してほしいということをバイデン大統領に伝えたい」と話しました。
  そして「家族会で一緒に頑張ってきた人たちが相次いで亡くなっており、なんとか被害者と再会し『元気だったんだね』と言葉を交わす時間を与えてほしいという思いが強まっています。きょうの面会をきっかけに、よい動きが始まればいいなと願っています」と話していました。
市川修一さんの兄 健一さん「進展を信じる」
  鹿児島県の拉致被害者、市川修一さんの兄の健一さん(77)は、23日午前、NHKの取材に応じ、「コロナ禍で活動もできず、外交面でこう着状態が続いているので、私たちの訴えによって何らかの進展があることを信じています。米朝首脳会談が開催されたら、バイデン大統領が拉致問題を提起してくれると思うので、それを日朝首脳会談につなげてもらいたい。そして、北朝鮮はすべての被害者を一括帰国させるという決断をしてほしい」と話しました。
松本京子さんの兄 孟さん「すがるような思い」
  鳥取県の拉致被害者、松本京子さんの兄の孟さん(75)は、23日午前、NHKの取材に応じ、「被害者家族は高齢化しており、バイデン大統領が後ろ盾になって、私を含め、家族や被害者が元気なうちに帰国を実現してほしい。本当にすがるような思いで、そのひと言に尽きます」と話しました。
拉致問題解決に向け一刻の猶予も許されない
  拉致問題は被害者との再会を果たせないまま亡くなる家族が相次ぎ、解決に向けて一刻の猶予も許されない状況となっています。
  政府が認定している拉致被害者のうち安否が分かっていない12人の親で、子どもとの再会を果たせずに亡くなった人は、平成14年の日朝首脳会談以降だけでも8人に上っています。
  3年前のトランプ前大統領との面会以降にも横田めぐみさんの父親の滋さんと、有本恵子さんの母親の嘉代子さんが亡くなりました。
  今も健在な親は、横田めぐみさんの母親で、86歳の早紀江さんと、有本恵子さんの父親で93歳の明弘さんの2人です。
  また、去年12月には、田口八重子さんの兄で、横田滋さんのあとを引き継ぐ形で家族会代表を務めた飯塚繁雄さんが亡くなりました。
  こうした中、北朝鮮が拉致を認めた日朝首脳会談、そして、5人の被害者が帰国を果たしてから20年という節目の年を迎え、家族の間では、肉親と再会するという拉致問題の真の解決に向けて残された時間はわずかだという焦りが、これまでになく強まっています。
拉致被害者の家族と面会の米大統領 4人目に
  拉致被害者の家族がアメリカの大統領と面会するのは今回のバイデン大統領で4人目となります。
  最初の面会は2006年(平成18年)で、横田めぐみさんの母親の早紀江さんと弟の拓也さんが、ホワイトハウスで当時のブッシュ大統領と面会しました。
  ブッシュ元大統領は、「就任以来、最も心動かされる会談だった」などと述べ、解決に向けて協力する姿勢を示しました。
  2回目は、2014年(平成26年)、来日した当時のオバマ大統領との面会でした。
  当時の家族会代表の飯塚繁雄さんと、横田めぐみさんの両親の滋さんと早紀江さんの3人が東京の迎賓館を訪れ、オバマ元大統領は「2人の娘を持つ親として、最愛の子どもを拉致された気持ちはよく分かる。支援したい」と述べました。
  トランプ前大統領とは5年前の2017年と、3年前の2019年の2度、いずれも東京の迎賓館で面会しています。
  3年前の面会では、2度の米朝首脳会談で拉致問題を提起したトランプ前大統領に対し、5人の家族がそれぞれ1分間、気持ちを伝え、すべての被害者の帰国に向けた協力を求めました。
   面会の中でトランプ前大統領は横田早紀江さんに対し、娘のめぐみさんに「きっと会えるよ」とことばをかけたということです。


2022.05.14-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20220514-L7IP6FVYRVOWBEGOHKY7TZNM44/
(10)連れ去られた幼い在日姉弟 沈黙し続ける朝鮮総連 貿易会社内に工作拠点 編集長・中村将

  北朝鮮が日本人拉致を認め、謝罪した2002(平成14)年9月の日朝首脳会談から約5カ月後の03年2月15日、大阪市中央区の市立中央会館に在日コリアン(在日朝鮮・韓国人)が参集した。在日の人々が拉致被害者家族を支援する初めての集会を開いたのだ。こうした集会は数回開かれたと記憶しているが、あまり知られていない。

  壇上には、横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=の両親、滋さん(故人)、早紀江さん(86)夫妻と、有本恵子さん(62)=同(23)=の両親、明弘さん(93)、嘉代子さん(故人)夫妻が座っていた。立ち見の参加者もおり、その数は主催者発表で約250人に上った。

  「日本中で拉致問題に関する多くの集会が開かれていますが、在日コリアンの方々が集会を開くのは勇気がいることで、感謝しています」。滋さんがあいさつすると、早紀江さんも「民族、人種を超えて、一人の命としてのありがたみを確かめ合いながら頑張っていきたい」と話した。会場が大きな拍手で包まれたことを思いだす。
  在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の大阪府内の地区分会長の男性=当時(37)=も登壇した。
  「私は『拉致はない』と信じ、そう言ってきた。犯した過ちを認め、誠実に向き合う姿勢が大切だ。私が言っても仕方ないかもしれないが…。謝りたい…」
  「個人の率直な思い」と断った上での発言だが、現職の活動家がこうした行動を起こすまでには多くの葛藤があったはずだ。北朝鮮や朝鮮総連の言う通り、「拉致はでっちあげ」と信じてきたのに、金正日(キム・ジョンイル)総書記はあっさり拉致を認めた。朝鮮半島にルーツを持つ民族が「被害者」ではなく、「加害者」となったことへの動揺が見て取れた。男性は「謝りたい」と言ったが、横田夫妻らを正視することさえできなかったことがそれを示していた。

  集会には長野県の朝鮮学校に子供を通わせる親の有志からメッセージも寄せられた。「朝鮮総連が(拉致問題について)沈黙を守り続けていることが残念でなりません」
  普段は気難しそうに見えたその男は、自衛官らと酒を飲んでいるときは、にこやかで冗舌だった。
  1927(昭和2)年9月に愛媛県で生まれた在日朝鮮人だが、北海道の自衛隊施設に出入りしていた。飲食店や旅館で頻繁に自衛官らと接触し、帰り際に封筒を差し出す場面も何度か目撃されていた。「高大基(コ・デギ)」と名乗るその男は防衛情報や在日米軍情報を収集する北朝鮮工作員だった。
  北海道紋別(もんべつ)市のスナックで働いていた渡辺秀子さん=失踪当時(32)=と知り合い、結婚。長女、高敬美(コ・キョンミ)ちゃん、長男、剛(ガン)ちゃんにめぐまれた。姉弟は朝鮮籍に入れた。
  高工作員の拠点はその後、東京に移る。71(昭和46)年6月、東京都品川区西五反田に設立された、金属製品や医療機器などを扱う貿易会社「ユニバース・トレイディング」(昭和59年解散)。

  公安当局によれば、同社は朝鮮総連の金炳植(キム・ビョンシク)副議長(当時)が事実上の設立者で、従業員三十数人のうち営業1部の約10人は〝裏の仕事〟専門だった。
  在日特別行動隊「ドミトルグループ」と呼ばれる工作員組織を仕切っていたのが高工作員だった。メンバーの中には工作船で北朝鮮に行き、スパイ教育を受けた者もいた。
  70(昭和45)年3月、日航機「よど号」を乗っ取り北朝鮮に渡った元共産主義者同盟赤軍派メンバーの柴田泰弘元受刑者(故人)が日本に潜入した際、同社社員らがかくまったり、社員の親族の戸籍を不正に使わせたりした。よど号犯の妻の実兄も社員だった。
  北朝鮮絡みの多くのスパイ事件には同社の影が見え隠れする。
  「共和国(北朝鮮)から召喚状が来た」。高工作員が朝鮮総連の活動家にそう言って姿を消したのは、73(昭和48)年6月のことだった。
  高工作員の後にリーダーとなったのは、在日朝鮮人で元取締役の木下陽子(日本名)容疑者(74)だった。大学在学中に「在日本朝鮮留学生同盟」に出入りしたことがきっかけで同社に入社。高工作員が北朝鮮に戻った後、自ら北に出向き、組織運営の指示を仰いだ。帰ってきた木下容疑者は「朝鮮労働党工作機関幹部になった。これからは私の指示に従ってもらう」と宣言した。

  「身勝手な激情型」「ヒステリック」。同社元関係者らは木下容疑者について、そう証言した。
  夫の失踪後、渡辺さんは同社を訪ねたり、周辺で消息確認したりした。スパイ活動の発覚を恐れた木下容疑者は〝本国〟の意向もあり、母子の拉致を決める。渡辺さんに「親子でご主人がいる共和国へ送ってあげる」といって懐柔した。
  渡辺さんと、敬美ちゃん、剛ちゃん姉弟は別々に〝軟禁〟され、工作員のアジトなど目黒区周辺を転々として半年ほどが過ぎた。
  「一体いつになったら、夫の元に連れて行ってくれるの」。業を煮やした渡辺さんを見て、木下容疑者が配下の工作員の男に殺害を指示したことが警視庁などの調べで判明している。遺体は見つかっていないが、渡辺さんは殺害された可能性が指摘されている。74(昭和49)年3月ごろのことだ。
  姉弟はその3カ月後、福井県小浜市の海岸から北朝鮮に拉致された。現場は帰国した拉致被害者、地村保志さん(66)、富貴恵さん(66)夫妻の拉致現場から約5キロの地点。敬美ちゃんが7歳、剛ちゃんは3歳だった。

  拉致に関与した同社元関係者らは警察の調べに、「カチッ、カチッ」と石をぶつける音を合図に、暗がりから現れた男たちと接触し、姉弟と一緒に船に乗り込んだと供述。「眠り薬を飲ませたのに子供が起きてびっくりした」「船酔いがひどくて大変だった」などと詳細も語ったという。
  姉弟が北朝鮮到着後、どうなったかは分からない。だが、父である高工作員と一緒に暮らした形跡はない。高工作員は帰国後、政治犯収容所に送られたとの情報がある。
  捜査が自分に及ぶことを恐れた木下容疑者は79(昭和54)年、北朝鮮に渡り、平壌市の高級住宅街で「洪寿恵(ホン・スヘ)」の名で暮らした。警視庁などは2007(平成19)年4月、姉弟拉致事件の主犯として、国外移送目的略取容疑などで木下容疑者の逮捕状を取り、国際手配した。
  姉弟は政府認定の被害者リストには入っていないが、警察当局は北朝鮮による拉致事件と認定している。帰還事業で北に渡った親族を人質に取られた形の一部の在日朝鮮人らが工作員や補助工作員となり、日本人拉致に関与してきたことは警察当局の調べから明らかだが、朝鮮総連幹部直系の在日工作員らが同胞にも手をかけていたことは、在日社会にとっても衝撃だったに違いない。

  安倍晋三首相(当時)は「日本国籍であろうとなかろうと、日本の法律を破って子供を連れ去るのは許されない」と述べた。明確な主権侵害である。
  冒頭の在日コリアン集会の最後には、①「拉致はでっちあげ」と主張してきた朝鮮総連は被害者家族に直接謝罪する②朝鮮総連は共和国に対し拉致事件の真相解明を強く働きかける③朝鮮総連は拉致事件への組織の関与を調査し、その有無を公表する-ことを求める決議案が読み上げられ、拍手で内容が容認された。
  だが朝鮮総連は長い間沈黙を貫いた。今では「拉致問題は解決済み」との北朝鮮のスタンスを踏襲する。またしても、である。


2022.05.01-Yahoo!Japanニュース(産経新聞)-https://news.yahoo.co.jp/articles/bbf18702176f862d0ce6031ec75ab4d106069c05
<独自>米国で「めぐみへの誓い」初上映へ 独仏でも上映計画

  北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=らの拉致や、家族による救出運動を描いた映画めぐみへの誓い」が今月、米国で初めて上映されることが1日、関係者への取材で分かった。

  映団体は、拉致問題を国際社会に訴え、被害者の奪還に向けた国内外の世論喚起を狙う。
  映画「めぐみへの誓い」は、平成22年に初上演された舞台劇を基に、令和3年に映画化。全国の映画館で上映されたほか、同年6月には韓国の映画祭に出品され、海外初の上映となった。
  関係者によると、今月8日(現地時間)には、米国・ロサンゼルスで初公開される。ニューヨークや首都ワシントンなどでも上映する予定。映画は英語以外にも翻訳が進み、フランスやドイツでも上映の計画がある。
  上映を進めるのは、在外日本人らの有志団体「Mプロジェクト」。昨年11月、ドイツ在住の主婦を中心に結成された。オランダやタイにもメンバーがいる。
  米国での上映を実現させたニューヨーク在住の山下政治さん(64)は、「在米の日本人やその家族に見てもらいたい。世界中の人々の世論を味方につけ、拉致問題の解決につながれば」と話した。
  監督の野伏(のぶし)翔氏(70)は「何十年も拉致被害者を救出できていないのは日本の恥。だが、恥を忍んで、こういうことがあるということを世界の人にも伝えたい」と話した。


2021.12.13-ZaqZaq夕刊フジ-https://www.zakzak.co.jp/article/20211213-SNGKILFM6FPJBH6FR7KTEEFAZE/
拉致被害者家族会、新代表に横田拓也さん めぐみさん弟

  北朝鮮による拉致被害者家族会は、11日の東京都内で臨時総会で、田口八重子さん(66)=拉致当時(22)=の兄の飯塚繁雄さん(83)が体調不良のため同会代表を退き、横田めぐみさん(57)=同(13)=の弟で事務局長の拓也さん(53)が新代表に就く人事を承認した。

  1997年3月に発足した家族会は、初代代表を、めぐみさん、拓也さんの父の滋さん(2020年に87歳で死去)が務めた。滋さんの体調悪化で07年11月に飯塚さんが継いだのに続き、拓也さんが3代目。田口さんの長男で、事務局次長の飯塚耕一郎さん(44)が次の事務局長を担うことも決まった。めぐみさんのもう1人の弟、哲也さん(53)は事務局次長に留任する。
  11日は臨時総会に続いて、拉致問題の早期解決に向けた国際シンポジウムも開催。耕一郎さんは終了後、記者団に対し「(飯塚さんは)体調を崩し、先月中旬に緊急入院した。本人とも相談し、代表の重責を担い続けることは難しいという判断に至った」と経緯を説明した。


2021.11.27-新潟日報-https://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20211127655340.html
めぐみさんの帰国願い歌声・・・一つに同級生がチャリティーコンサート

  新潟市で北朝鮮に拉致された横田めぐみさん=失踪当時(13)=同級生によるチャリティーコンサートが27日、同市中央区の市音楽文化会館で開かれた。早期帰国を願い、寄居中時代にめぐみさんが合唱コンクールで歌った「翼をください」を合唱した。

  めぐみさんは寄居中1年の1977年11月15日夜、帰宅中に拉致された。コンサートは「再会を誓う同級生の会」が主催し、11回目。同級生のバイオリニスト、吉田直矢さん(57)が美しい旋律を響かせた。

  母早紀江さん(85)は電話とビデオメッセージで参加し、「帰国を祈る日本中の思いが成就すると信じている」と訴えた。弟哲也さん(53)も登壇し、「北朝鮮は感染禍で苦しい。逃すことのできないチャンスだ」と政府に日朝交渉の進展を求めた。

  コンサートには約340人が来場。初めて訪れた新潟市東区の会社員男性(56)は「悲しく重たい事件。関心を持ち続けたい」と話した。


2021.11.22-Yahoo!Japanニュース(産経新聞)-https://news.yahoo.co.jp/articles/f2694dba9495e40d2eb0410cb91101e3a365ed07
<独自>拉致問題の啓発教育推進へ 大阪市教委が通知

  大阪市教育委員会は22日、北朝鮮による拉致問題の啓発教育を推進することを決め、市立高校を含む各校に通知した。市教委への取材で分かった。拉致問題の啓発活動を推進する決議が10月、大阪市議会で採択されたことを受けた対応。学校現場で人権問題としての理解促進を図る。

  決議は全国に先駆けて10月に大阪府と大阪市の両議会で可決。拉致被害者の横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=を題材にしたドキュメンタリーアニメ「めぐみ」の上映や、政府主催の北朝鮮人権侵害問題啓発週間(毎年12月10日~同16日)作文コンクールへの参加など若年層向けの啓発活動推進に「積極的に関与する」とした。 各校への通知では、アニメの視聴や啓発週間中の啓発ポスターの掲示を依頼。「拉致問題に対する正しい理解が進む教育」の推進を求めた。
   文部科学省によると、平成23年に政府の「人権教育・啓発に関する基本計画」で、人権課題のテーマ項目に新たに「拉致問題」が加わった。ただ、朝鮮半島にルーツがある児童・生徒の差別や偏見につながりかねないなどとされ、学校現場での取り組みは限定的だ。
  大阪市教委によると、令和元年度に拉致問題を人権教育の一環で取り上げたのは、市立小中高全435校のうち31校にとどまった。今回、決議を重くとらえた一方で強制にならないようにし、人権学習に拉致問題を取り扱うかなどの判断は学校長に委ねる。市教委の担当者は「政治的中立を保ちつつ、拉致問題を通じた人権啓発に努める」とした。

■「人権問い直す機会」拉致教育実践の校長
  北朝鮮による拉致問題の啓発教育を推進するとして、現場での取り組みを進めてきた市立中学校の男性校長は産経新聞の取材に、「人権教育を問い直す契機になる」と意義を語った。 「女性」や「障害者」といったテーマと異なり、若年層にとって身近に感じづらい拉致問題。人権教育で取り上げる学校が限られる中、市教委は昨年度、授業で拉致問題を扱う際の指針となる指導案を提示した。
  男性が校長を務める中学校ではそうした案を参考とし、昨年度に2年生が「総合的な学習」の時間を使って拉致が引き起こされた経緯を学んだり、ドキュメンタリーアニメ「めぐみ」を視聴したりしたほか、外部講師を招くなどした。その後も感想や意見を生徒同士で共有する時間を設けた。
  校長は自校での取り組みについて「拉致被害者の帰国から20年近くが経過し、家族の高齢化も進む。今後関心が薄れてしまう可能性もあり、なぜこんな人権侵害が起きたのか、しっかりと学ぶ必要がある」と説明する。 教育現場で拉致問題を伝える上での難しさもある。
  拉致は北朝鮮当局による重大な人権侵害だ。ただ、在日朝鮮人への差別を助長しないかといった懸念も根強く、学校側としても「体力のいる取り組み」(市教委関係者)とされる。
  令和元年度に拉致問題を人権教育として取り上げた市立学校は全体の7%に過ぎない。 そんな中でも「国籍を問わず避けては通れない人権問題。学校としては子供たちが抱く疑問に対し、考える材料を提供していく責任がある」と校長。今回の通知について、「拉致教育が広がる呼び水になるかもしれない」とした。


2021.11.15-Yahoo!Japanニュース(BSN新潟放送)-https://news.yahoo.co.jp/articles/1c1fa755dec238fca8c82df8f983b58bfb844797
「愛しているから元気でいて」めぐみさんの母 44年の焦燥

  横田めぐみさんが新潟市で北朝鮮に拉致されてから15日で44年母・早紀江さんは85歳という人生の実に半分以上もの間、娘の無事を祈り、闘っています。「愛しているから元気でいて」。写真にそう声を掛けながら再会を信じ、待ち続けています。

めぐみさんの母・横田早紀江さん
  「本当にもう、言葉に表せないほど焦燥感というか、疲れがどんどんたまっていく一方で…」 やりきれない気持ちを口にする、
  横田めぐみさんの母・早紀江さん(85歳)です。娘の姿を追い続け、救出を求めて闘ってきた年月はもう44年。焦りと疲れが、高齢の体にのしかかっています。
早紀江さん
  「私たちは本当にただ返してくださいって、そのことが実現すればいいだけのことなんですが、それすらもこんなに時間がかかって…」 家族の真ん中にはいつも、おひさまのように明るいめぐみさんがいました。生き物や本が大好きで、ちょっと恥ずかしがり屋。何事にも好奇心旺盛なやんちゃな女の子でした。
  しかし、1977年11月15日のことでした。当時、寄居中学校の1年生だっためぐみさんは部活動を終えて学校から帰る途中、交差点で友達と別れたのを最後に忽然(こつぜん)と姿を消しました。北朝鮮による拉致事件でした。
早紀江さん
  「見えないことがつらいんですよね。本当にこの長い年月なんにも分からないで。病気になっているのかもしれないとか、やっぱりいろいろ思いますよ、家族は。年月が長いのでね
  44年という長い年月は、こんなところにも表れているようでした。早紀江さんが見せてくれた、めぐみさんの書き初めです。
早紀江さん
  「これはね(小学校)6年生のときに書き初めの宿題がありまして。もう、ぼろぼろになっているんですね。『元』という字が穴が開いているように」 小学6年生のときに新潟市に引っ越してきためぐみさん。一生懸命に筆を握った力作は、クラスメイトの作品とともに教室の壁に飾られていたものです。中学1年生で行方が分からなくなった後も、めぐみさんの部屋で持ち主の帰りを待ち続けていました。
早紀江さん
  「本当に一生懸命だったのでね。書くのも『これで十分だから』って、『一枚一枚、気に入らないって言わないで、もうこれでいい』って言っているのに(めぐみさんは)何回も書き直して。年末が近くなると、いつもそれを思い出しますね」 めぐみさんの弟・哲也さん(53歳)も姉の無事を祈り、思いを寄せています。新潟市で開かれた県民集会に参加した14日朝、哲也さんは当時、家族5人で暮らしていた家の辺りを1人で歩いていたそうです。 すると…。
めぐみさんの弟・横田哲也さん
  「(当時)飼っていた黒猫にそっくりな黒猫がいたんです。『あっ!』て思って、そんなような状況と同じような感じで姉がぱっと出てきて、『あっ!』という感じで出てきたら、どんなに良いことだろうかと思ったんですけども」 突然、目の前に現れた黒猫に、めぐみさんの姿を重ね合わさずにはいられませんでした。
哲也さん
  「当時、中学1年生だった女子学生は、今57歳でして、全く想像がつかない。どう過ごしているのか、どんな姿をしているのかも分かりませんが、元気であることを切に願っております」 一方、10月4日に就任した岸田首相は13日、拉致被害者の帰国を求める国民大集会に出席しました。
岸田首相
  「拉致問題は岸田内閣の最重要課題です。拉致問題の解決には一刻の猶予もありません。私の手で必ず拉致問題を解決しなければ」 岸田首相は、政府が北朝鮮による拉致事件を認めてからもう12人目の総理大臣です。日朝首脳会談の実現に向け「条件を付けずに金正恩総書記と向き合う」と話し、北朝鮮との対話に前向きな姿勢を強調しました。
めぐみさんの弟・横田拓也さん(53)
   「私たちも言葉が武器でありますので、訴え続けるしかありません。負けるわけにはいきません。家族1人取り戻すため、拉致被害者が帰ってくるまで諦めるわけにはいきません」
早紀江さん
  「13年間しか育ててあげることができなかったこと、私は本当に悔しいです。どんな女の子になって、何になっていたでしょうね」 40年以上もの間、二人三脚で闘ってきた夫・滋さんは去年、87歳で亡くなりました。「再会して、娘と抱き合いたい」。そんな父の願いは「娘に遺骨を抱きしめてほしい…」。切ない願いに形を変えざるを得ませんでした。
早紀江さん
  「(めぐみさんは)お父さんには会えなかったけど、とにかく『こんなにお父さんは頑張ったんだよ』っていろいろな写真を残していてくださるので、それを見せながら早くお話してほっとしたいなという思いですね。家族はみんなめぐみちゃんのことを愛しているし、とにかく元気でいてくださいっていうことだけですね」 父と母は愛する娘を取り戻すため、国を、私たちを信じて声を上げ続けました。
早紀江さん
  「子どものことは希望を持って。何にも分からない状態の中から、何か希望があって、ぱっとそれが表れる日というのを信じて待ってあげたいって、それが本当の親の思いじゃないんですかね」 85歳の早紀江さんは「今回が最後だと思う」と話し、岸田内閣に望みをかけています。
早紀江さん
  「日本の政府がしっかり取り返さなきゃいけないという思いを、たくさんの人が団結して力を出してくださらないと、思うように動かないと思うんですね。信じて信じてきたんですけどね。11代まで総理大臣に、何度も何度もお願いに行ってね。今度こそ、今度こそと思って」 残された時間はありません。
BSN新潟放送


2021.11.13-Yahoo!Japanニュース(産経新聞)-https://news.yahoo.co.jp/articles/277dee0ab5137f80bd1d4ad3764980edaf9d6608
首相、拉致解決「私の手で必ず」 国民集会

  北朝鮮による拉致被害者家族会などは13日、東京都千代田区で国民大集会を開き、出席した岸田文雄首相は「拉致問題は岸田内閣の最重要課題だ。私の手で必ず解決しなければと強く考えている」と決意を述べた。また、年内を目指す訪米で拉致問題への理解を促す考えも示した。集会では家族会が掲げてきた「全拉致被害者の即時一括帰国」の訴えを改めて決議した。

   集会に初めて参加した首相はあいさつの冒頭、横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=の父、滋さんと、有本恵子さん(61)=同(23)=の母、嘉代子さん昨年、死去したことに触れ、「どれだけ無念だったか。言葉もない」と悼んだ。
  政府は首相訪米に向け調整しており、首相はバイデン米大統領との会談について「諸懸案の中でも特に一刻の猶予もない拉致問題の解決の重要性について改めて理解を深めたい」と語った。
  また、日本が主体的に動き、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記とトップ同士で直接交渉することが極めて重要だと強調した。「金氏と条件を付けずに直接向き合う決意だ」と述べた。
   めぐみさんの母、早紀江さん(85)は「大事な子供たちを最後まで守る。拉致解決への願いは父母の思いであり、日本国家の問題でもある」と政府に奮起を求めた。集会には拉致問題担当相を兼務する松野博一官房長官も出席し「国内外の啓発に力を入れたい。ご家族に寄り添いながら全力で取り組む」と述べた。


2021.10.11-Yahoo!Japanニュース(産経新聞)-https://news.yahoo.co.jp/articles/c93d24f520670d42b34e42cf154f5431d908d0d7
横田早紀江さん「怒る気力もない」 立民・生方氏発言で

  「怒る気力もない」立憲民主党の生方幸夫(うぶかた・ゆきお)衆院議員(比例代表南関東ブロック)が、北朝鮮による日本人拉致被害者について生きている人はいない」などと発言していたことが明らかになった11日、横田めぐみさん(57)=拉致当時(13)=の母、早紀江さん(85)は、落胆をあらわにした。

  一連の発言は今年9月、千葉県松戸市内で行われた生方氏の国政報告会の場で確認された。
  報告会の様子を撮影した動画によると、拉致問題に対する見解を問われた生方氏が「拉致問題は本当にあるのか。ないんじゃないか」と発言
  途中、「なんでしたっけ。小さな女の子。高校生か中学生かで…」などと言いよどみ、参加者から「横田(めぐみ)さん」と指摘される場面もあった。 めぐみさんの名前や拉致の経緯を認識していなかったとみられる。
  早紀江さんは「長い年月、皆が拉致被害者を心配して活動してきているのに、こんな日本人がいることに驚いた」と嘆息。「私たちは拉致被害者が生きていると信じている」と改めて再会への決意を語った。

  報告会で生方氏は、めぐみさんを含め日本から連れ去られた拉致被害者は誰も生きていないとし、「生存者がいると思っている人はたぶん、自民党でも一人もいないと思う」などと持論を展開。
  産経新聞などが発言内容を報じた直後の今月11日午前、ツイッターを通じて発言を撤回し、謝罪した。インターネット上で公開されていた報告会の動画も、閲覧できなくなった。
  田口八重子さん(66)=同(22)=の兄で、家族会代表の飯塚繁雄さん(83)は「謝って済む問題ではない」と声を荒らげる。「まるで拉致被害者が亡くなっていたほうがいいというような発言だった。日本の各党の議員も、一緒に戦っていこうという意識でやっているのに、ぶち壊した」。田口さんの長男、飯塚耕一郎さん(44)も「怒りを禁じ得ない。拉致被害者の命を侮辱、冒涜(ぼうとく)しているとしか思えない」と語気を強めた。


2021.10.04-Yahoo!Japanニュース-https://www.sankei.com/article/20211004-U4TASBEREVMVFFXQY5UQT6HIQM/
<独自>拉致啓発へ決議案 大阪府議会、全国初

  大阪府議会で大阪維新の会など主要3会派が、北朝鮮による拉致問題の啓発活動を推進する決議案を開会中の9月定例会に共同提案することが3日、関係者への取材で分かった。若い世代の理解を深めるため、関連アニメの上映などに積極的に関与する姿勢を打ち出す。今月中に採択した後、府内全市町村議会での決議採択も視野に入れており、被害者奪還の機運を全国に波及させる狙いがある。

  政府の拉致問題対策本部などによると、拉致問題の啓発を目的とした地方議会での決議は全国初となる。
  決議案は府内超党派の地方議員でつくる「北朝鮮拉致問題の解決を促進する大阪地方議員連絡会」(大阪拉致議連)が作成し、「北朝鮮による日本人拉致問題に対する理解を深めるための取り組みを推進する」と明記した。
  具体的には、若年層向けに被害者の横田めぐみさん(56)=拉致当時(13)=を題材にしたドキュメンタリーアニメめぐみを上映したり、中高生が政府主催の北朝鮮人権侵害問題啓発週間作文コンクールに参加したりすることを挙げ「積極的に関与する」必要性に言及した。

  府議会では維新と自民、公明両党が4日に決議案を共同提出する予定。少数会派の賛同を得られれば、今月中にも全会一致で採択する見通し。
  議連は府議会での採択を足がかりに、府内外での機運醸成を図る考え。議連には府議会と38市町村議会に所属する300人以上の議員が参加しており、参加議員がいない阪南市など5市町議会にも働きかけ、全43市町村議会での決議採択を目指す。

  議連幹部は「拉致問題一刻も早く解決しなければならない地方議員として責任を持って啓発活動に取り組む意志を示す」と強調。「他府県に同様の決議が広がれば、政府外交を後押しすることにつながる」と意義を述べた。(尾崎豪一)


2021.10.02-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20211002-ZSZPLJDPORM33NKZT6PWQQDCII/
放置、不作為、無関心…「国家の恥」残せない
(1)
  めぐみちゃん、こんにちは。厳しい夏を何とか生き抜き、涼やかに、高く澄み渡るようになった空を見上げると、秋の気配を感じます。世界を覆う新型コロナウイルスの災厄の中、人と人とのつながりの大切さを改めて思います。5日、あなたは57歳の誕生日を迎えますね。13歳だった女の子が、どんな姿になっているのか、もう想像さえできません。お母さんも85歳のおばあちゃんになってしまいました。時は刻々と過ぎ、それでも必ず生きて抱き合えると念じて、祈り、命の炎を燃やしています。
  この季節になると頭をよぎるのは、北朝鮮から羽田空港に到着した飛行機のタラップを下り、祖国の土を踏みしめた拉致被害者5人の姿です。
  平成14年10月15日。蓮池薫さん、祐木子さん夫妻。地村保志さん、富貴恵さん夫妻。そして曽我ひとみさん。めぐみちゃんと同じように北朝鮮に拉致された5人が、私たちのもとに帰ってきてくれました。
  救出運動では、めぐみちゃんたちとともに、被害者の顔写真も掲げました。「助けてください」。街頭で叫び続けました。写真で幸せそうな笑みを浮かべていた若者たちは年を重ね、やせて、疲れ切っていました。それでも、帰ってきてくれて本当にうれしかった。
  「5人が降りた機体から、あなたも笑って飛び出してくるのではないか」
  お父さんとお母さん。そして、あなたが通った新潟小学校の馬場吉衛校長先生と一緒に、ずっと、タラップを見つめていました。でも、あなたは現れず、それから19年間、時は止まったままです。
  拉致被害者も、その家族も老い、病を抱え、残された時間は本当に僅かです。

  拉致事件が起きて40年以上が過ぎゆく中、非道で残酷な事実は風化し、解決が遠のいていく不安を常に感じていました。放置、無関心、不作為-。これほど大事な問題がなぜ、拾い上げられないのか。理由をさまざま考えましたが、最後は日本が国家として全身全霊をそそぎ、子供たちを取り戻すしかないのです。
  このままでは、日本は「国家の恥」をそそげないまま、禍根を次の世代に残してしまいます。私たち親の世代は絶対に、この国家犯罪に決着をつけなければなりません。すべての子供たちが祖国の土を踏む姿を見届ける人生でありたいと、切望しています。
(2)
  普通の庶民であるわれわれは、声を上げて訴えることはできても、直接、被害者を取り戻す力はありません。今こそ優れた政治家、官僚の皆さんに力を発揮していただきたい。何よりも困難な局面にある今、国民の皆さまの一層の後押しがなければ、事は前に進みません。ふとした日常に被害者を思い、思いを声にして伝えていただきたい。心の底からそう願っています。
  平成14年9月17日、史上初めての日朝首脳会談で、北朝鮮は拉致を認めて謝罪しましたが、何の証拠もなく、めぐみちゃんたちは「死亡した」と伝えてきました。9年に家族会を結成し、手を携え闘ってきた私たちにとって残酷な、押しつぶされるような瞬間でした。
  日本は今、国を牽引(けんいん)する新しい政治のリーダーが決まろうとしています。被害者と私たち家族が生きて、元気なうちに抱き合えるのか。リーダーは覚悟を持ち局面を切り開いていただけるのか。不安と焦りにさいなまれながら、「今度こそ」という期待をつなげます。
  今こそ、拉致事件を振り返り、いかにすれば解決するかを考えてください。
  北朝鮮は一筋縄ではいかない、手ごわい相手であることは重々、承知しています。でも最後は、最高指導者に被害者全員を返す決断を求め、それこそが世界の平和を導く術だと、心の底から理解してもらわなければなりません。
  私たちはこれまで、日本の首相が代わるたび顔を合わせ、即時解決への訴えを重ねてきました。お父さんも家族会代表として救出運動の最前線に立ち、全国を飛び回りました。体を病み入院しても、あなたと抱き合うため、病床で必死に命の炎を燃やしました。再会の思いを果たせず、天に召されたお父さん、多くの被害者家族、そして支援者の皆さん。託された奪還の願いを実現するまで、お母さんたちは倒れるわけにはいきません。

  日本では近く、大切な選挙が行われます。政治家の皆さま。遠く離れた異国の暗闇で、救いを待つ子供たちを思ってください。命の問題である拉致事件を、党派を問わず真心から議論してください。知恵を絞り、一日も早く、解決への歩みを進めてください。
  新たなリーダーには、残された時間の少なさを直視し、具体的な動きにつなげていただくことを願ってやみません。拉致問題はまさに、「正念場」です。国民の皆さまもどうか拉致事件を己のこととして感じ、それに向き合う政治のありようを凝視し、解決を後押ししてください。
  19年前の9月17日。無事を信じて、自宅に置いためぐみちゃんの写真に「早く帰っておいで」と声をかけました。思いはかなわず、想像を絶する長い闘いになってしまいましたが、タラップから下りてくるあなたと、笑顔で抱擁できる日が必ずやってきます。

  めぐみちゃん、あともう少し、待っていてね。お母さんは最後の力をふり絞って、闘いを続けます。

=随時掲載


2021.09.25-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20210925-PDRF7TGO7RIJJOPB45OTUKYQ3M/
首相が国連演説「拉致問題解決に、一刻の猶予もない」

  菅義偉(すがよしひで)首相は25日、国連総会の一般討論演説をビデオ録画方式で行い、北朝鮮による拉致問題について「被害者の家族が高齢となる中、拉致問題の解決は一刻の猶予もない」と訴えた。その上で「日朝が実りある関係を樹立することは日朝双方の利益に合致するとともに、地域の平和と安定にもつながる」と述べ、退陣を間近に控える中、最後まで拉致問題解決に向けた意欲を示した

  首相はまた、「法の支配に基づく、自由で開かれた国際秩序の重要性」を強調。国民監視にデジタル技術を駆使する中国などを念頭に「デジタル空間の可能性を最大限活用する上で、新たな技術がわれわれの普遍的価値を損なうために用いられることがあってはならない」と訴えた。
  途上国のインフラ投資に関しては「すべての国によって開発金融の国際ルールが順守され、透明性・公平性が確保される環境づくりをリードする」と述べた。インフラ投資で途上国に多額の借金を負わせ、影響力を強める中国を間接的に批判した。
  一方、イスラム原理主義勢力タリバンが実権を掌握したアフガニスタンについて「再びテロの温床になることを食い止めなければならない。人道支援機関の安全な活動を確保し、女性などの権利を守ることが重要だ」と述べた。タリバンに対しては、女性の権利を尊重するなどとした約束について「言葉ではなく行動を見ていく」とした。

  また、東京五輪・パラリンピックの開催に関し、「人類が大きな困難に立ち向かう中、世界の人々の団結を象徴する大会となった」と意義を強調。新型コロナウイルス対策では計6千万回分のワクチンをインド太平洋地域の国・地域などに現物供与する方針を改めて表明した。


2021.09.15-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20210915-OXEFEHVIBFPWRNU7GNG4XNJXRI/
「めぐみさんへの手紙」 近畿大短期大学部の学生から

人権教育の一環として、令和3年度の必修科目で北朝鮮による拉致問題を取り上げている近畿大短期大学部(大阪府)の学生から、被害者の横田めぐみさん(56)=拉致当時(13)=に宛てた手紙や、「拉致」への思いが産経新聞に寄せられた北朝鮮が日本人拉致を認め、謝罪した平成14年9月17日の日朝首脳会談から、間もなく19年。新型コロナウイルス禍で膠着(こうちゃく)に拍車がかかり、風化も懸念される中、世論形成の重要な担い手となる若者たちの率直な心境を紹介する。

□理解のなさを恐ろしく思う
1年 川角冴楽(かわすみ・さえら)さん(19)-北朝鮮で頑張ってきた横田めぐみさん。少しでもあなたの希望となることを願って手紙を送ります。
  私は先日、大学の講義で拉致問題について学びました。罪のない人々の日常が突然奪われてしまった事実をとても悲しく感じました。そして、私自身が拉致問題の内容や被害の大きさをよく理解していなかったことを恐ろしく思いました。
  少しでも早く解決に導くためには、自分に関係のある問題だと皆が認識し、声を上げ続けることが必要だと考えています。時間とともに忘れられれば、解決どころか同じことが繰り返されるかもしれません。めぐみさんとご家族の止まってしまった時間が再び動き出すために、悲しい思いをする人がこれ以上増えないために、一刻も早く解決しなければなりません。
  あなたが無事帰ってくることを願い、活動している人はたくさんいます。無事、家族の元へ帰ってこられた被害者の方もいます。あなたのご家族もめぐみさんに会うことを諦めていません。希望を持ち続けてほしいです。
  私は今ある生活が当たり前でないことを感じたと同時に、めぐみさんとご家族にも当たり前の生活があってほしかったと思いました。一日でも早く、めぐみさんがご家族の元へ帰ってこられることを願っています。
□政府は世界と力を尽くして
1年 長田凪(ながた・なぎ)さん(19)-私は幼い時からめぐみさんのことをニュースで何度も聞いていました。めぐみさん、あなたはとても強い人なんですね。13歳という年齢で北朝鮮へ連れ去られ、突如日常を奪われて家族と引き離されたのにもかかわらず、必死に生き抜いておられて。私ならきっとそんなに強くいられないと思います。
  めぐみさんに伝えたいことがあります。早紀江さんや弟さん方、ご友人は諦めずにめぐみさんのことを思って日々過ごされています。めぐみさんの帰国につながるように行動されています。日本で笑って暮らせる希望を、決して捨てないでください。
  「拉致」は人権侵害であり、日本だけでなく世界中でも何人もが被害に遭っています。ご家族にとっては、一人一人が大切でかけがえのない存在です。こんなことは起きてはならなかったし、これからも決して起きてはいけないことだと思いました。
  一日でも早く拉致問題が解決してほしい。そのために今できることは、誰もが深く知る機会をつくることです。今後、世界中で協力し日本政府にも拉致被害者のために力を尽くしてほしいです。私にも何かできることがあれば積極的に行動しようと思います。
  めぐみさんが帰国し、笑顔でご家族と再会できる日を心から願っています。
□帰り待つ人がたくさんいる
1年 藤井梓乃(ふじい・しの)さん(19)-横田めぐみさん、あなたを助けたいと活動している方がたくさんいることを知ってもらうために、お手紙を書いています。
  私は授業であなたのことを聞くまでは、日本で拉致問題が未解決であることを知りませんでした。拉致問題の恐ろしさと、たくさんの被害者が苦しんでいることを痛感しました。それと同時に、拉致問題について無知だった自分が情けなくなりました。
  今、めぐみさんは私が経験したことがない不安と心細さを感じていることと思います。そして、お父さんとお母さんも、めぐみさんがいなくなってしまったあの日から日常が変わってしまったでしょう。
  一刻も早く、あなたをご家族に会わせてあげたいと活動している方がたくさんいます。私も少しでもめぐみさんの助けになれるよう活動していきたいと思います。多くの人が、あなたが無事に帰ってこられることを願っています。何年たっても、あなたのことを忘れません。あなたの帰りを待つ人がどんどん増えていることを知ってもらいたいです。
  あなたが今も無事で健康であること、そしてご家族と再会できることを、心から願っています。
□若い世代にも伝えなけば
1年 但馬姫花(たじま・ひめか)さん(18)-めぐみさん、今あなたはどんな景色を見て、どんな生活を送っていますか? 日本では、めぐみさんのご家族やたくさんの方があなたの帰りを願い、活動しています。
  私があなたを知ったのは小学生の頃でした。幼かった当時は北朝鮮による拉致問題について、あまり理解することができませんでした。ですが、今、大学生となり、衝撃的で想像もできない事件だと痛感しました。あの時からめぐみさんと家族との時間は止まってしまった。その悲しみや怒りは、日本中の人々が共有し、決して忘れてはいけないことです。
  微力ですが、私はいつまでもあなたの帰りを心から願い、できる活動に協力したい。私のように力はないけれど、強い思いを持った日本国民が数多くいることも忘れないでください。

北朝鮮による拉致問題は、世界的にも重大な問題です。私たちを含めて若い世代にも伝えていかなければならず、絶対に風化させてはいけません。拉致問題について深く考え、自分なりの考えを持つことが大切だと感じました。めぐみさんの一日も早い帰国を切に願っています。
  横田めぐみさんらすべての拉致被害者にささげる「めぐみさんへの手紙」を、全国の小中学生や高校生、大学生から募集します。学校のクラス単位での応募も歓迎します。
  字数は問いませんが、おおむね原稿用紙1~5枚(400~2000字)ぐらい。郵送の場合は〒100―8078(住所不要)産経新聞社編集局社会部「めぐみさんへの手紙」係へ。eメールはnews@sankei.co.jpまで。住所、氏名、年齢、学年、電話番号(小中学生の場合は保護者の方の連絡先)を明記してください。
産経新聞社はこの手紙の募集に合わせて、拉致問題に関するテーマについて現役記者らが分かりやすく講義する〝出前授業〟を実施します。問い合わせは、東京本社編集企画部(nie–tokyo@sankei.co.jp)まで。


2021.06.15-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20200616-5FP3U5ICONPHXCBZH2C7AYZ42U/
拉致問題未解決は「国家の恥」 横田滋さん死去
河村直哉の時事論
(1)
  「拉致問題を解決できなければ国家の恥です」。北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=の父親、横田滋さんが87歳で亡くなった。引用は滋さん、早紀江さん(84)ご夫妻の連名による産経新聞めぐみへの手紙」(平成30年6月7日)から。「国家の恥」という言葉が、重く悲しく響く。
「めぐみへの手紙」
  「手紙」シリーズは娘の一日も早い帰国を願うご両親の心境が胸を打つとともに、日本が抱える問題の本質をあらわにしている。すなわち国民を守れない国家が国家といえるのか、という問題である。いくつか引用する。
  「国家として救う信念がなければ、拉致問題は絶対解決しません。解決は国家の責務です」(平成29年9月16日)。
  「『不条理に連れ去られた国民を、毅然(きぜん)とした態度ですぐさま奪還する』。この当たり前になされるべき国家の働きがなされず、長年、放置されていた現実は誠に恐るべきものです」(平成30年11月14日)
  「私たちに、残された時間は本当にわずかです。全身全霊で闘ってきましたが、もう長く、待つことはかないません。その現実を、政治家や官僚の皆さまは、どう考えておられるのでしょうか。私たちはテレビで、のどかにさえ見える方々の姿を、見つめ続けています」(令和2年2月4日)
■戦後日本のなれの果て
  どれもその通りではないか。拉致問題を解決することは「国家の責務」にほかならない。国家は国民を守るためにあるからである。
  「手紙」が悲痛な訴えを始めた平成29年は、北朝鮮がさまざまな弾道ミサイルの発射を続け、挑発をエスカレートさせていたときでもある。それなのに国会がこの間、騒いできたのは、拉致でもミサイルでもなく森友・加計学園問題であり、あるいは「桜を見る会」だった。

  それらの問題を論ずるなといっているのではない。国政の優先課題が見失われているといっている。国家は国民を守るためにあるという原則をわきまえていれば、拉致問題は日本が解決すべき最優先課題の一つにほかならない。ところが国会は拉致被害者を救出するという「当たり前になされるべき国家の働き」をなさずに「放置」したまま、その他の問題を声高に騒いできたのである。
(2)
  以下、「手紙」から離れる。国家が国民を守れない、しかもそのことに国会も政府も危機意識はおろか問題意識も持てないでいるとすれば、それはほとんど恥の意識すらなくした戦後日本のなれの果て、と筆者には思える。この問題を真剣に考えている議員もいよう。しかし現実として全体の議論は低調でいまだに被害者を取り戻せていない。国家は何のためにあり国政は何をなすべきかという要の点が、国政の場からすっぽり抜け落ちてしまっているようである。
■拉致は安全保障問題
  この要の点の欠落はしかし、戦後という時代を通じてほぼそうなのだといわなければならない。戦後日本のありかたが国家として正常ではないのに、そのいびつな日本を自明のものとしてきてしまった。国家としての安全保障意識が希薄なのである。
  なぜかというとやはり占領下に米国が作った憲法の問題がある。憲法により日本は戦争を放棄し、戦力の保持を認めない。自衛権までは否定されていないという解釈で自衛隊を組織してはいる。しかしいまなお「専守防衛」が基本方針であり、矛に当たる攻撃は米国が担う。日本のなかには広大な在日米軍基地が存在する。
  だが国家は国民を守るという原則からすれば、これはおかしい。矛であろうが盾であろうが持つべきものを持って、国家は国民を守らなければならない。自国の安全のかなりの部分を米国という他国に委ねて自明としてきた戦後日本では、自国民は自国が守るというあたりまえのことがあたりまえではない
  拉致問題でも米国を頼みとせざるを得ない。あらゆるルートを使って解決を図るべきなのは当然だが、それ以前に日本政府に、自国民は自国が守るという自覚があるか。拉致問題もまた国家の安全保障の問題にほかならないのに、この観点での議論も低調である。
  特定失踪者問題調査会代表であり予備自衛官でもある荒木和博氏は、予備自衛官になったころ現役自衛官やOBと話していて、拉致問題を自分たちの仕事だと捉えている人がいなくてショックだった、と述懐している。そしてこう述べる。
  「北朝鮮の工作員に自国の領土を侵害され、国民を奪われたというのは本来、軍人であれば自分の顔に泥を塗られたことになります。許せないという思いがあってしかるべきですが、驚くほどにあっけらかんとしています」(「自衛隊幻想」)
  「拉致問題を解決できなければ国家の恥」という「手紙」の言葉を、改めて重く受け止めたい。
(編集委員兼論説委員)


2021.06.05-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210605/k10013069771000.html?utm_int=news-social_contents_list-items_001
横田滋さん死去から1年 めぐみさん同級生が歌でしのぶ

  中学1年生の時に北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父親の滋さんが亡くなって5日で1年です。
  新潟市ではめぐみさんの中学時代の同級生が母校に集まり、思い出の歌を合唱して滋さんをしのびました

  横田めぐみさんの父親の滋さんは、去年6月5日、87歳で亡くなりました。
  亡くなってから1年となる5日、めぐみさんの中学時代の同級生など9人が、新潟市中央区にある母校の寄居中学校に集まりました。
  そして、滋さんが亡くなった時刻に合わせて、かつて学校のコンクールでめぐみさんも歌ったという「翼をください」を合唱し、滋さんをしのびました。

  会場は、めぐみさんの母親の早紀江さん(85)や弟の哲也さんともオンラインで結ばれ、合唱を聞いた早紀江さんは、「夫はものすごく残酷な人生でしたが、拉致問題を国民に分かってもらうという大変な仕事をしたと思う。めぐみは、いつも大きな声で歌う歌が大好きな子で、歌を聴くと切なくなりますが、もう涙は枯れてしまい、悲しみだけが深まります。手を振ってタラップから降りてくる姿を想像し、必ずそうなると信じて祈っています」と話しました。
  また、弟の哲也さんは、「新型コロナが原因で進展しないという現実があるのかもしれないが、北朝鮮が日本にアプローチせざるをえない状況をつくればよく、方法はあるはずだ。主権国家として、結果を出してこそすべてだと思う。『姉が帰ってきたよ』と父に伝えたいし、姉の手で納骨してもらう日が来ることを願っています」と話していました。
  5日の集いを開催しためぐみさんの同級生の池田正樹さんは、「私たちも子どものころからめぐみさんにもう一度会いたいと思ってきたし、ご両親はそれ以上に早く会いたいと思っているはずです。あしたにでも、帰ってきてほしい」と話していました。
横田めぐみさん 13歳の時に拉致
  横田めぐみさんは、昭和52年11月、バドミントンの練習を終えて新潟市の中学校から帰る途中、行方が分からなくなりました。
  当時13歳。中学1年生でした。その後、行方は全く分からず、北朝鮮に拉致されたとする情報がもたらされたのは20年近くがたった平成9年でした。それから5年後の平成14年9月、当時の小泉総理大臣が北朝鮮を訪問して行われた日朝首脳会談で、北朝鮮は拉致を認める一方、「めぐみさんは死亡した」と説明しました。
  しかし、その説明には矛盾や誤りが多く、平成16年の日朝実務者協議の際に北朝鮮が「本人のものだ」として出してきた遺骨からは別人のDNAが検出されました。また、北朝鮮が示した「めぐみさんのカルテ」とされる文書に記載された人物の年齢は、当時のめぐみさんの年齢とは異なっていました。
  政府は、北朝鮮の説明には信ぴょう性がないとして、めぐみさんら拉致被害者の早期帰国を求めています。めぐみさんはことし10月に57歳の誕生日を迎えます。
加藤官房長官「帰国へ 全力で行動していく」
  拉致問題担当大臣を兼務する加藤官房長官もオンラインで参加しました。
  加藤官房長官は「拉致問題は絶対に解決しなければならないという強い思いが国民に共有されているのは、滋さんが救出活動に全身全霊をささげられたたまものだ。めぐみさんとの再会が実現せずに滋さんが亡くなり、私自身じくじたる思いで、本当に申し訳なく思う」と述べました。
  そのうえで「拉致問題は、菅内閣でも最重要課題だ。一日千秋の思いで被害者の帰国を待ち望む家族や関係者の思いを胸に刻みすべての拉致被害者の一日も早い帰国の実現に向け、あらゆるチャンスを逃すことなく、全力で行動していく」と強調しました。


「めぐみちゃんへの手紙」

2021.06.05-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/article/20210605-VJLBQHM33BMHTIOWLILQ3I7IZA/
滋さん死去1年 非道の拉致 政府は胸に刻んで
(1)
  めぐみちゃん、こんにちは。毎日どうしているのかと、考えない日はありません。日本は初夏を迎え、花や緑の息吹を強く感じる季節となりました。ただ、世界を覆う新型コロナウイルスの災厄は収まらず、不安や我慢に耐える日々が続いています。光陰矢の如(ごと)し、昨年6月5日、お父さんが天に召されてから、1年が過ぎようとしています。お父さんの分まで精いっぱい闘うと誓ったのに、拉致事件に進展は見えず、焦りは募るばかりです。

  厳しい世相を見つめるとき、お父さんは、本当に恵まれながら、旅立ったと痛感します。めぐみちゃんたち、すべての拉致被害者を救うため、命を削りながら闘った分、安らぎの時を与えられたのでしょう。

  きょうも祭壇のお父さんの写真に声をかけ、笑顔に力をもらいます。お父さんは老いや病に弱音を吐かず、たくさんの方々に支えられ、人生を全うしました。「天国に行けるんだからね。懐かしい方が待っているからね」。天に召される間際、耳元でこう叫ぶと、お父さんは、うっすら涙を浮かべていました。今、日本国をどのような思いで見つめているのか。もう、天からめぐみちゃんを見つけているかもしれませんね。

  あれから1年、拉致事件は進展しません。お母さんは年を取り、いよいよ衰えを感じます。うっかり転び周りの方に余計な心配をさせることもあります。新型コロナのため全国の皆様に思いを伝える機会は、すっかり減ってしまいました。
  政府の方々からはいつも「痛恨の極み」という声が聞こえます。自分自身が元気なうちに、被害者を奪還できなかった私たち親世代の家族は悔しさにさいなまれながら、地獄の業火と向き合う日々を過ごしています。そして、被害者たちが過ごす日常の過酷さは、その比ではないでしょう。
  最近は、めぐみちゃんの弟の拓也哲也たち若い世代の家族が救出運動の前線に立つようになりました。厳しすぎる闘いを、子供たちに引き継ぐことは、無念でなりません。世代をまたぎ、非道の極みである拉致と向き合わなければならない理不尽さを政治家、政府の方々は本当に、胸に刻んでいただきたいのです。
  「もう、皆さんが頑張らなくても、私たち国家を担う者たちが必ず、取り戻します」。そう毅然(きぜん)と言い放ち、実現させる政治家はいらっしゃらないのですか。
  複雑で奥深い政治や外交は、私たち庶民の知るところではありませんが、北朝鮮をめぐるさまざまな動きは滞り、拉致事件の当事者である日本でさえ、国会で長く論じられていない現実があります。なぜ、これほど重大な問題に、本気度が感じられないのでしょう。
(2)
  年老いた家族にとって、自分自身が元気なうちに、すべての被害者に祖国の土を踏ませ、子供たちと抱き合うことが宿願でした。お父さんもその願いを胸に、執念を燃やし続けました。
  昭和52年11月、めぐみちゃんがいなくなり、なんの手がかりもない地獄の20年を経て、平成9年、あなたが北朝鮮にいることが分かりました。被害者の家族会が発足すると、お父さんは「口下手だから」と心配しながらも代表に就き、全国で1400回もの講演を夫婦で重ねました。お父さんが頼みとしてきたのは、被害者に心を寄せ、全面解決を願う国民、世論の大きな力でした。
  家族会は今、運動の方針に、親世代の家族が存命のうちに被害者と抱き合うことが、「解決の期限」であると記しています。家族や、被害者の帰国を願って全力で取り組んできた方々は、次々と天に召されていきます。命の炎が尽きる前に、拉致をすっきり解決していただきたいのです。
  今年4月、菅義偉首相と面会し、家族会の運動方針をお渡しした機会に、お母さんは「これが最後だと思います」と、お伝えしました。残された時間は本当に僅かです。家族はもとより、被害者本人もいよいよ年を取り、文字通り、最後の闘いに臨む心境です。

  北朝鮮の最高指導者の心をいかに開き、行き詰まった現状を打ち破るか。すべての被害者を帰国させる決断に導き、日本と北朝鮮、世界中に平和をもたらす希望の道筋を描けるのは、政治家や政府に携わる皆さまの決意にかかっています。日本には、それを果たす力がきっと、あるはずです。
  そして、国民の皆さま。大切な日本国家のためにも、どうか今一度、わがこととして拉致事件を受け止め、解決を後押ししてください。家族同士で、友人同士で論じ合い、解決への思いを、声にしてください。
  そうした声がうねりとなり平成14年、5人の日本人が帰国を果たしました。そして、めぐみちゃんたち残る被害者の安否を偽った北朝鮮の噓を看破し、帰国への望みをつないできました。あと一息、手が届くようで届かない、あなたへの思いを胸に、お母さんは力の続く限り、訴えを続けていくと心に決めています。
  この夏、東京では2度目の五輪が開催される予定です。めぐみちゃんは、昭和39年10月、最初の東京五輪の直前に生まれました。本当に長い時が過ぎてしまいましたが、運命めいた、めぐり合わせを感じます。

  めぐみちゃん。どうか心を強く持ち、身体に気を付けて暮らしてくださいね。お母さんは静かな祈りの日々の中で、再会の時が訪れることを確信しています。=随時掲載


2021.04.03-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/210403/wor2104030014-n1.html
拉致解決「期限ある」 家族会などが新運動方針決定

  北朝鮮による拉致被害者家族会と支援組織「救う会」は3日、東京都内で合同会議を開き、今年の運動方針を「政府は、早期に日朝首脳会談を行い『全拉致被害者の即時一括帰国』を実現せよ!」に決めた。昨年、横田めぐみさん(56)=拉致当時(13)=の父、滋さんが87歳で亡くなるなど家族の死が相次いだことを念頭に、拉致被害者の帰国には「期限がある」と言及。政府の早急な取り組みを強く求めた。

  新方針と合わせ、金正恩朝鮮労働党総書記にあてたメッセージも発表。一昨年に続く2回目で、ここでも「期限」に触れ、譲れない一線とする「全拉致被害者の即時一括帰国」を一刻も早く決断するよう訴えた。
  運動方針では、日本や国際社会による「先圧力、後交渉」という対北救出戦略が効果を上げていると指摘。従前からの経済制裁などの維持を求めた。
  そのうえで、目的である全被害者の即時一括帰国には期限があると主張。「親の世代の家族が被害者と抱き合うこと」がかなわなければ、「日朝関係の改善はない」とした。
  家族らは近く菅義偉首相と面会して新方針を託し、16日に予定される米国でのバイデン米大統領との首脳会談で、拉致を提起するよう求める意向。会議後の会見で、めぐみさんの母、早紀江さん(85)は「国としてもっと強く、言葉や行いを出してほしい。ここが本当に最後の勝負だと思っている」と述べた。
  合同会議は例年、1~2月に実施されるが、今年は新型コロナウイルスの影響で日程がずれ込んだ。


2021.03.16-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/politics/news/210316/plt2103160026-n1.html
米国務長官、拉致被害者家族の手紙「非常に心動かされる」

  来日中のブリンケン米国務長官は16日、北朝鮮による拉致被害者家族からの書簡を受け取ったことを明らかにし、「非常に心動かされる手紙だった。北朝鮮の脅威というと、われわれは必ず拉致の問題も考えている」と述べた。東京都内で開かれた日米の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)後の記者会見で語った。

  ブリンケン氏はまた、「(北朝鮮と)いくつかのチャンネルを通して2月中頃から連絡をとっている。これまでのところ反応はない」とも語った。
  書簡は15日に拉致被害者家族らがジョセフ・ヤング駐日臨時代理大使に託したもので、「全拉致被害者の即時一括帰国」など拉致をめぐる日本の基本方針への理解と支援を求めた。


2021.03.15-産経フオト-https://www.sankei.com/photo/story/news/210315/sty2103150013-n1.html
「拉致問題、重要視を」 米臨時大使に早紀江さんら

  北朝鮮に拉致された横田めぐみさん=失踪当時(13)=の母早紀江さん(85)や、拉致被害者家族会の事務局長を務める弟拓也さん(52)らが15日、米国のヤング駐日臨時代理大使と東京都内の大使公邸で面会した。面会後に取材に応じた拓也さんは「バイデン政権でも拉致問題を重要視してほしいと要請した」と明らかにした。

  バイデン政権になってから、日本の拉致被害者家族が米高官と面会するのは初めて。
  面会は約15分間で、拉致被害者家族の支援組織「救う会」の西岡力会長も同席。3人は「日本政府と緊密な連携を維持し、全拉致被害者の即時一括帰国実現のため、尽力してほしい」とする米国務長官宛ての書簡をヤング氏に託した。

「めぐみちゃんへの手紙」

2021.02.04-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/210204/wor2102040001-n1.html
【めぐみへの手紙】85歳…一人の時間が増え 「なぜ救えない」自問の日々

(1)
  めぐみちゃん、こんにちは。あなたを救い出せないまま、また一年が過ぎ、新しい年を迎えてしまいました。昨年、お父さんが天国に召されてから、飛ぶように時間がたちました。お母さんも4日で85歳を迎えました。新型コロナウイルスの災厄が世界に広がる中で、拉致事件解決への展望が見えず、焦りや怒りが募りますが、めぐみちゃんたち被害者全員が祖国の土を踏めることを信じて、祈り、訴え続けています。
  クリスマス、そして大みそか。めぐみちゃんがいたころのわが家は、それはにぎやかでしたね。年の瀬を過ぎれば、すがすがしいお正月を迎えたものです。お母さんは今、一人の時間が長くなり、己の人生を振り返り、世の中の動きを見つめ、思いをめぐらせています。
  「なぜ、めぐみたちは連れ去られてしまったのか」「なぜ、これほど長い間、救えないのか」
  答えの出ない自問は尽きず、永遠のように続きます。年の瀬から皆さまへのご連絡は電話やメールにとどめました。お父さんが天に召され、年賀のごあいさつもできず、時間があっという間に過ぎました。
  最近、日本は厳しい寒さです。北朝鮮にいるめぐみちゃんたちは、より過酷な生活を強いられていることでしょう。じっとそんなことを考えると、本当に胸が張り裂けそうになります。
  被害者と家族、日本の国民、そして拉致解決を祈る世界中の皆さまの思いに支えられて救出運動は大きく前進しました。でも、すべての被害者が帰国しなければ、解決ではありません。
  時の流れは等しく、人は老い、病んでいきます。再会を待ち望む私たちに、残された時間は本当に、本当にわずかです。

  日本政府、政治家、官僚の皆さま。被害者を最後に救うのは、国家の力に他なりません。今、この瞬間も大切な時間が過ぎていきます。知恵を絞り、国会などの真剣な議論を通して、どうか、わがこととして、一命を賭して、拉致問題をすっきりと解決させ、世界に平和をもたらしてください。そう一心に祈りながら日々を過ごしています。
  昨年は、これまでにも増して、むなしさと焦燥感が募る一年でした。2月に有本嘉代子さんが94歳で天に召され、7月には地村保さんも93歳で旅立たれました。
  お母さんもどんどん年を取るだけで、誕生日はちっともうれしくありません。講演で全国を回るようなことは、とてもとても、できない状態です。体中に衰えを感じ、声が出にくくなり、ひとつづきに話そうとすると息が切れます。
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  お父さんの遺影には、毎朝、「おはよう。今日も頑張ろうね」と声をかけ、折に触れて、出来事を報告します。生前と同じ、ニコニコとした笑顔を眺めるたびに「単身赴任で天国に行ったのかな」と思うくらい、すぐそばにいる感覚です。
  日本では、国会が始まりました。私たちには、難しい国際関係や、政治の事情は知る由もありませんが、「国を思い、拉致を必ず解決する政治を実現していただきたい」という願いはずっと、変わっていません。
  拉致事件の解決。そして新型コロナの克服。命をいかに守り、育むのか、政治に課せられた期待と使命は限りなく、大きなものなのではないでしょうか。
  私たち家族の思いはずっと変わりませんが、あまりに長い時間が過ぎました。非道な拉致が実行されてから40年以上がたちました。平成14年に北朝鮮が謝罪し、蓮池(はすいけ)薫さん、祐木子さん夫妻、地村保志さん、富貴恵さん夫妻、曽我ひとみさんの5人の被害者が帰国してからも、20年近くが過ぎました。当時はまだ生まれていなかった若者たちが多くいます。拉致事件の風化は、現実になりつつあります。
  昨年、拉致解決を最重要課題に掲げた安倍晋三首相が退かれ、菅義偉(すが・よしひで)さんが首相に就かれました。米国でも、被害者と家族に思いを寄せてくださったトランプ大統領に代わり、バイデン氏が就任しました。引き続き、事態の進展にわずかな希望を抱いていますが、依然、兆しは見えません。
  昨年11月、キリスト教の祈りの仲間が平成12年から開いてきてくださった祈り会が、200回となりました。こんなにも長い間、めぐみちゃんの姿が見えない現実を痛感しますが、もはや、細かいことを振り返る時期ではありません。
  めぐみちゃんの帰国が実現するのならば、お母さんが身代わりになってあげたい。同じ思いを、被害者の家族は抱いています。拉致は、人の命を肉親と故郷から引き離し、閉じ込めるものです。解決できなければ「国家の恥」です。もっと根本的に、日本は今、何をすべきなのか。国民の皆さまにはぜひ、拉致を、わがこととしてとらえ、声を上げていただきたいのです。
  そして、北朝鮮は、被害者の命を政治や外交の取引材料に使うことを、今すぐやめるべきです。最高指導者は、拉致解決への決断が世界の幸せに直結するということを、どうか理解してほしいのです。
  尋常ではない人生を送りながらも、心が平安でいられるのは、奇跡的なことだと思います。これも、皆さまの支えと、救いがあってこそだと痛感します。先が見えず、むなしい気持ちもありますが、何とか、力をふり絞っていきます。

  めぐみちゃん。お母さんはだいぶ弱ってきてしまったけれど、決してあきらめません。めぐみちゃんもあきらめず、再会の日まで、身体に気を付けて過ごしてね。弟の拓也、哲也、そしてお父さんとともに、帰りを待っています。
=随時掲載







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拉致問題対策本部HP-https://www.rachi.go.jp/
北朝鮮による日本人拉致問題-Abductions of Japanese Citizens by North Korea
北朝鮮による日本人拉致問題-wikipedia

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