拉致問題-1

映画「めぐみへの誓い」


2021.02.04-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/210204/wor2102040001-n1.html
【めぐみへの手紙】85歳…一人の時間が増え 「なぜ救えない」自問の日々

(1)
  めぐみちゃん、こんにちは。あなたを救い出せないまま、また一年が過ぎ、新しい年を迎えてしまいました。昨年、お父さんが天国に召されてから、飛ぶように時間がたちました。お母さんも4日で85歳を迎えました。新型コロナウイルスの災厄が世界に広がる中で、拉致事件解決への展望が見えず、焦りや怒りが募りますが、めぐみちゃんたち被害者全員が祖国の土を踏めることを信じて、祈り、訴え続けています。
  クリスマス、そして大みそか。めぐみちゃんがいたころのわが家は、それはにぎやかでしたね。年の瀬を過ぎれば、すがすがしいお正月を迎えたものです。お母さんは今、一人の時間が長くなり、己の人生を振り返り、世の中の動きを見つめ、思いをめぐらせています。
  「なぜ、めぐみたちは連れ去られてしまったのか」「なぜ、これほど長い間、救えないのか」
  答えの出ない自問は尽きず、永遠のように続きます。年の瀬から皆さまへのご連絡は電話やメールにとどめました。お父さんが天に召され、年賀のごあいさつもできず、時間があっという間に過ぎました。
  最近、日本は厳しい寒さです。北朝鮮にいるめぐみちゃんたちは、より過酷な生活を強いられていることでしょう。じっとそんなことを考えると、本当に胸が張り裂けそうになります。
  被害者と家族、日本の国民、そして拉致解決を祈る世界中の皆さまの思いに支えられて救出運動は大きく前進しました。でも、すべての被害者が帰国しなければ、解決ではありません。
  時の流れは等しく、人は老い、病んでいきます。再会を待ち望む私たちに、残された時間は本当に、本当にわずかです。

  日本政府、政治家、官僚の皆さま。被害者を最後に救うのは、国家の力に他なりません。今、この瞬間も大切な時間が過ぎていきます。知恵を絞り、国会などの真剣な議論を通して、どうか、わがこととして、一命を賭して、拉致問題をすっきりと解決させ、世界に平和をもたらしてください。そう一心に祈りながら日々を過ごしています。
  昨年は、これまでにも増して、むなしさと焦燥感が募る一年でした。2月に有本嘉代子さんが94歳で天に召され、7月には地村保さんも93歳で旅立たれました。
  お母さんもどんどん年を取るだけで、誕生日はちっともうれしくありません。講演で全国を回るようなことは、とてもとても、できない状態です。体中に衰えを感じ、声が出にくくなり、ひとつづきに話そうとすると息が切れます。
(2)
  お父さんの遺影には、毎朝、「おはよう。今日も頑張ろうね」と声をかけ、折に触れて、出来事を報告します。生前と同じ、ニコニコとした笑顔を眺めるたびに「単身赴任で天国に行ったのかな」と思うくらい、すぐそばにいる感覚です。
  日本では、国会が始まりました。私たちには、難しい国際関係や、政治の事情は知る由もありませんが、「国を思い、拉致を必ず解決する政治を実現していただきたい」という願いはずっと、変わっていません。
  拉致事件の解決。そして新型コロナの克服。命をいかに守り、育むのか、政治に課せられた期待と使命は限りなく、大きなものなのではないでしょうか。
  私たち家族の思いはずっと変わりませんが、あまりに長い時間が過ぎました。非道な拉致が実行されてから40年以上がたちました。平成14年に北朝鮮が謝罪し、蓮池(はすいけ)薫さん、祐木子さん夫妻、地村保志さん、富貴恵さん夫妻、曽我ひとみさんの5人の被害者が帰国してからも、20年近くが過ぎました。当時はまだ生まれていなかった若者たちが多くいます。拉致事件の風化は、現実になりつつあります。
  昨年、拉致解決を最重要課題に掲げた安倍晋三首相が退かれ、菅義偉(すが・よしひで)さんが首相に就かれました。米国でも、被害者と家族に思いを寄せてくださったトランプ大統領に代わり、バイデン氏が就任しました。引き続き、事態の進展にわずかな希望を抱いていますが、依然、兆しは見えません。
  昨年11月、キリスト教の祈りの仲間が平成12年から開いてきてくださった祈り会が、200回となりました。こんなにも長い間、めぐみちゃんの姿が見えない現実を痛感しますが、もはや、細かいことを振り返る時期ではありません。
  めぐみちゃんの帰国が実現するのならば、お母さんが身代わりになってあげたい。同じ思いを、被害者の家族は抱いています。拉致は、人の命を肉親と故郷から引き離し、閉じ込めるものです。解決できなければ「国家の恥」です。もっと根本的に、日本は今、何をすべきなのか。国民の皆さまにはぜひ、拉致を、わがこととしてとらえ、声を上げていただきたいのです。
  そして、北朝鮮は、被害者の命を政治や外交の取引材料に使うことを、今すぐやめるべきです。最高指導者は、拉致解決への決断が世界の幸せに直結するということを、どうか理解してほしいのです。
  尋常ではない人生を送りながらも、心が平安でいられるのは、奇跡的なことだと思います。これも、皆さまの支えと、救いがあってこそだと痛感します。先が見えず、むなしい気持ちもありますが、何とか、力をふり絞っていきます。

  めぐみちゃん。お母さんはだいぶ弱ってきてしまったけれど、決してあきらめません。めぐみちゃんもあきらめず、再会の日まで、身体に気を付けて過ごしてね。弟の拓也、哲也、そしてお父さんとともに、帰りを待っています。
=随時掲載


2020.12.23-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/201223/wor2012230012-n1.html
【めぐみさんへの手紙】拉致解決、思いは一つ 栃木・乙女中学校の生徒から
(1)
  栃木県小山市立乙女(おとめ)中学校(手束衣代子校長)の全校生徒約250人から、横田めぐみさん(56)=拉致当時(13)=らすべての拉致被害者にささげる「めぐみさんへの手紙」が産経新聞に寄せられた。同校では、今月2日に本紙の中村将(かつし)社会部長が北朝鮮による拉致問題をテーマにした「出前授業」を実施。その後、生徒全員が手紙を書いた。「一刻も早く被害者を救いたい」「家族の気持ちを考えると、悔しい」「私たちにできることを考えていきたい」…。連れ去られた当時のめぐみさんと同世代の生徒らは真剣に問題と向き合った。その思いの一端を紹介する。
政府が何をしているか学びたい
五十嵐真愛(まいな)(12) 1年
  私は同じくらいの年の女の子が北朝鮮に拉致されたということ、他にも被害者がいることなどをこの学習を通して初めて知りました。横田めぐみさんは、ご両親に40年以上も会っていないことを知り、悲しくなりました。私だったらたえきれずに、毎晩泣いてしまうと思います。
  いきなり襲われて、連れていかれる恐ろしさ、めぐみさんがどんな気持ちだったのか、見当もつきません。家族と会えない苦しさはアニメ「めぐみ」や今回の学習でよくわかりました。めぐみさんが、家族と早く会えるように、私ももっと北朝鮮拉致問題を知り、今日本政府がどのような行いをしているのかを学びたいと感じました。
  これから先のことは誰にもわからないので、もっと家族を大切にしたいと思います。また、毎日の一秒一秒をむだのないようにすごし、周りの家族、友だちにも拉致問題を知らせていければな、と思いました。めぐみさんが早く家族と会えますよう願っています。
(2)
拉致の恐ろしさを思い知らされた
曽我美咲(みさき)(14) 2年
  
私はこの事件を絶対に忘れはしません。今の世の中は新型コロナウイルスで騒然としていますが、本当に怖いのはこの北朝鮮による拉致だと思います。何の罪もない、一般人をさらっていったことは考えられません。突然のできごとが、横田めぐみさんや家族にとって一生に残るできごとになってしまったと思います。
  この事件があったことで、拉致の恐ろしさを思い知らされました。まだ、めぐみさんがどこにいるかわかりませんが、見つかったときは早く、母の早紀江さんに会ってほしいです。早紀江さんも、弟さんもずっとめぐみさんを待っています。
  また、この事件が日本から忘れ去られないように私たちがたくさんの人にこの話をしたいと思います。北朝鮮の工作員は日本にいるらしく、まだまだ安心ではありません。そうしたことを忘れずに、今の環境に感謝しながら生きていきます。たくさんのことを今回知りましたが、これからも忘れません。
家族と会えない人いてはいけない
秋山知紘(ちひろ)(14) 2年
  ぼくは横田めぐみさんの話を聞いて、涙が出ました。大切な家族と突然会えなくなってしまって、とても悲しいし、寂しいと思っているめぐみさんのことを考えると、自分もとても悲しい気持ちになります。
  ぼくにも大切な家族がいます。もしその家族が突然、いなくなったら、ぼくはとてもつらいです。もっとたくさん家族と話せばよかった、もっとお手伝いをすればよかった、そう思って自分を責めてしまうと思います。
  逆に、ぼくが拉致されてしまっても、自分を責めると思います。ぼくは家族がいなくなったらなんて、考えもしませんでした。家族と会えなくなる人は、一人でもいてはいけないと思います。
(3)
みなさんの努力無駄にしたくない
古明地(こめいじ)優那(ゆうな)(15) 3年
  横田めぐみさん、あなたがどんな思いで今、過ごしているのか想像もつきません。私よりも小さい時から家族に会えず、どれだけつらい思いをしているのだろうか…。お母さんの早紀江さんの話を聞いて、拉致問題について学んで、私は本当に涙が出そうになりました。そして後悔もしています。もっと早くあなたのことを知りたかった。
  だからこそ、私は何があっても忘れません。あなただけではありません。すべての被害者の方と家族の方々のこと、そしてその気持ちを…。私たちが必ずあなたたちを助けます。時間がかかっても助けたい。
  ですが、一番の願いはあなたと、あなたの家族を会わせてあげたい。6月に他界したお父さんの滋さん。あなたのことを愛していた滋さんにも会わせてあげたかった。
  家族のみなさんの努力だけは無駄にしたくありません。だから、あなたも待っていてください。少しでもあなたが今幸せでいることと、私たちが助けるまで待っていてくれることを願っています。
耳を素通りした言葉の重みを痛感
若林瑞生(みずき)(15) 3年
  「拉致」という言葉は今まで何度か耳にすることはありました。しかし、どこかその言葉はニュースの中か、ネットでの情報の中にあるもので自分からは遠いものなのではないか、と思って、あまり気に留めてもいませんでした。
  でも、拉致問題の話を聞いて、その考えを改めました。同時に今まで耳を素通りしていた言葉の重み、そして、そのような重大なことについて考えてこなかった自分のおろかさを痛感しました。
  もし、自分の周りの人が急にいなくなったら、恐怖や不安感、そして悲しみや自分の無力さをにくんだと思います。それが、自分の家族だったら、なおのことであったと思いますし、今日までにもさまざまな葛藤があったと思います。
  人を連れ去るということは、その人だけでなく、周りの人の日常も奪う行為だと思います。拉致被害者の方々やそのご家族、ご友人の方々が心穏やかに過ごせる日常をいち早く取りもどせることを、心から願っています。
(4)
何十年も悲しい気持ちの人がいる
川俣風輝(ふうき)(15) 3年
  私は小学生の時、横田めぐみさんについて知りました。テレビで拉致問題についての番組をみたのがきっかけでした。当時の話は内容が難しく、詳しいことまでは理解できませんでしたが、悲しい思いをしている人がいるということはわかりました。
  今回の拉致問題の「出前授業」が行われると知った時、私は昔の番組のことを思いだし、気になって自分で調べてみました。
  そこでわかったのは、拉致被害者の家族や友人が今でも探していること、拉致問題のために多くの人が協力していること、そして横田めぐみさんらの拉致問題はいまだに解決されていないことです。
  そのことを知ったとき、悲しい気持ちのまま、何十年も過ごしている人がいるとわかり、つらくなりました。
  私は大人になったら、拉致問題解決のために少しでも協力したいと思います。
「出前授業」感染防止に配慮
  学校教育がコロナ禍の影響を受けた今年は、北朝鮮による拉致問題をテーマにした「出前授業」も感染防止に配慮しながらの実施となりました。
  感染拡大の「第2波」が収まり始めた8月下旬には、全国の小中高生約20人を対象にオンライン授業を初めて実施しました。
  参加者は拉致事件の経緯や背景の説明を受けた後、横田めぐみさんの母、早紀江さん(84)のビデオメッセージを視聴。6月に87歳で他界しためぐみさんの父、滋さんと早紀江さん夫妻が本紙で連載してきた「めぐみへの手紙」の記事を画面で共有しながら、拉致事件の残酷さを考えました。
(5)
  オンライン授業は感染防止のみならず、地域を選ばないため、「出前授業」の新たな選択肢に加わりました。来年もすでに予約が入っています。
  今月2日の乙女中学での「出前授業」は体育館で実施しました。生徒らは十分に距離を確保しながら、マスクを着用。換気対策も万全にし、講師もマスクを着けた上でマイクを使用しました。
  今後もそれぞれの状況に応じて感染防止対策を講じていきます。
  産経新聞では、横田めぐみさんらすべての拉致被害者にささげる「めぐみさんへの手紙」を、全国の小中学生や高校生、大学生から募集しています。学校のクラス単位での応募も歓迎します。


  字数は問いませんが、原稿用紙1~5枚(400~2000字)ぐらい。郵送の場合は〒100-8078(住所不要)産経新聞社編集局社会部「めぐみさんへの手紙」係へ。メールはnews@sankei.co.jpまで。住所、氏名、年齢、学年、電話番号(小中学生の場合は保護者の連絡先)を明記してください。


2020.11.15-NHK NEWS WEBhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20201115/k10012712691000.html?utm_int=news_contents_news-main_001-
横田めぐみさん拉致から43年 早紀江さん “一刻も早い帰国を”

  横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されてから15日で43年になります。これを前に母親の早紀江さん(84)が報道陣の取材に応じ「どうしてこれほど長い時間がたっても助け出せないのかとすごくむなしい」と話したうえで、政府に対し、日朝の首脳どうしの対話を通じて一刻も早い帰国を実現するよう求めました。

  横田めぐみさんは中学1年生だった43年前の昭和52年11月15日、下校中に北朝鮮に拉致されました。そして先月、56歳の誕生日を迎えました。
  母親の早紀江さんは43年前を振り返り、「いくら探しても何も見つからず、半狂乱になることもありました。この時期、夕方になると背筋が寒くなるぐらい、嫌な記憶です」と話したうえで「本当に許せないし、こんなに大変なことが起きているのにどうしてこれほど長い時間がたっても助け出せないのかと、すごくむなしい気持ちです」と述べました。
  そして、早紀江さんはことし6月に亡くなった夫の滋さんがいつも持ち歩いていた「くし」を取り出しました。この「くし」は、めぐみさんが拉致される前日、その日が誕生日だった滋さんにプレゼントしたものです。
  その滋さんについて早紀江さんは「あれだけ一生懸命頑張って、40年以上待ち続けても一目会うこともできなかった。存命な親が、私を含めて2人しかいないというのは異常なことで、こんなことがあっては本当にいけないと思う」と話しました。
  そして、最後に「拉致被害者の帰国のために政府は真剣に動いてほしい。トップどうしの話し合いがいちばん大事だと思うので、まずは話し合いをしてほしい」と話し、政府に対し、日朝の首脳どうしの対話を通じてすべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現するよう求めました。
新潟県警元幹部 当時の捜査状況明かす
  めぐみさんの行方が分からなくなった直後から捜査に携わった新潟県警の元幹部がNHKの取材に応じ、北朝鮮による拉致事件だと突き止められなかった当時の捜査状況を明かしました。
  新潟県警の元刑事部長で、外国のスパイなどを捜査する外事課長も務めた小幡政行さん(67)は警察署に勤務していた時から、失踪しためぐみさんの捜査に関わってきました。
  日本海沿岸では、それ以前から北朝鮮の工作員が検挙される事件が起き、警察当局が警戒を強めていましたが、めぐみさんの失踪は長い間、一般の誘拐事件として捜査が続けられました。

  これについて小幡さんは「中学1年生というめぐみさんの年齢に加え、消息が途絶えた場所が海岸から数百メートル離れていて、繁華街も近かった」と振り返り、「年齢」や「発生場所」から当時は北朝鮮による拉致だとは疑わなかったことを明かしました。
  また「午後6時半すぎ」という事件が起きた時間帯についても、「工作員の日本への潜入や脱出は当時、深夜だと考えられていて、めぐみさんの失踪と工作員の活動を結び付けることができなかった」と話しました。
  そのうえで、北朝鮮による拉致事件と認定するまで20年を要したことについて、小幡さんは「北朝鮮の工作員に対する警戒は今と比べ甘かったと言わざるをえない。北朝鮮の犯行だと気付けなかったことに警察官として責任を感じるし、めぐみさんの両親にも本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と心境を語りました。


2020.10.5-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/201005/wor2010050005-n1.html
横田早紀江さん「必ず助ける」 めぐみさん56歳の誕生日に心境

  北朝鮮に拉致された横田めぐみさん=拉致当時(13)=が5日、56歳の誕生日を迎えた。一刻も早い帰国を切望する母の早紀江さん(84)は「真っ暗闇の中だが、首相も代わったので少し期待をしたい。必ず助けてあげるといつも思っている」と語った。一方で6月には、めぐみさん救出へ全身全霊をささげてきた父、滋さんが87歳で死去。「今年はより寂しい誕生日になる」とも吐露した。
  めぐみさんは中学1年だった昭和52年11月15日、新潟市内で下校途中に失踪した。平成9年、被害者家族が集い家族会が発足。滋さんが代表に就き、夫妻は署名活動や講演で全国を回り、二人三脚で地道に救出運動を続けてきた
  5日は、その滋さんの月命日とも重なる。早紀江さんは「夫は天国にいる。めぐみも頑張って元気に生きている。そう信じるしかない」と言葉を絞り出す。
  14年、北朝鮮は拉致を認めて謝罪したが、めぐみさんらは「死亡した」などとする主張を変えていない。
  早紀江さんは「当たり前のように嘘をつく国であり、日本政府は知恵を働かせ、裏をかくぐらいの気持ちで進展させてほしい」と訴えた。


2020.9.20-産経」新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/200920/wor2009200016-n1.html
めぐみへの手紙】菅首相は必ず行動してくれると期待します
(1)
  めぐみちゃん、こんにちは元気ですか。夏の酷暑がようやく和らぎ、少しずつ秋の気配を感じるようになりました。43年もの忍耐の日々が続き、今年も気付けば9月です。本当に、いつになれば、すべての拉致被害者が帰国できるのかという怒り、情けなさ、もどかしさと向き合いながら、一生懸命、拉致事件の解決を呼びかけています。
   今、日本では大きな政治の動きがあります。拉致問題の解決を最優先、最重要課題に掲げてきた安倍晋三首相が辞任され、拉致問題を担当する菅義偉(すが・よしひで)官房長官が首相に就任されました。
   私たちはこれまで、十数代にわたるすべての政権を心の底から信頼し、被害者救出を託してきました。それは今後も変わりません。無慈悲な国家犯罪で連れ去られた子供たちに、祖国の土を踏ませる最後の決め手は、政治のゆるぎない決意と行動力に他なりません。
   9月はお父さんやお母さんの記憶に刻まれた月です。平成14年9月17日の日朝首脳会談で、北朝鮮はやっと拉致を認め謝罪しました。蓮池(はすいけ)さん夫妻、地村さん夫妻、曽我ひとみさんの5人の生存が明らかになりましたが、めぐみちゃんや多くの被害者が「死亡」と一方的に断じられました。
   昭和52年、新潟でめぐみが姿を消してから20年を経て、平成9年に北朝鮮で生きていることが分かり、全国の被害者家族、支援者の皆さまと団結してようやく解決の頂に差し掛かったと思ったのもつかの間、地獄に突き落とされました。
   その後、被害者死亡の証拠や説明は嘘だと分かりました。めぐみだとして送られてきた「遺骨」は、まったく別人の骨と鑑定されました。矛盾が暴かれるたび、生きたあなたの吐息を感じ、闘い続けることができました。
(2)
   拉致の残酷さは、被害者の姿が見えず、声も聞こえず、無為な時が、じりじりと過ぎることです。まさに「生殺し」の日々です。でも、拉致被害者はもっと辛く厳しい時を北朝鮮で耐え忍び救いを待っています。
   これほど非道なことがあるでしょうか。拉致事件はまさに「命」の問題です。
   国民の皆さま。どうか今一度、捕らわれた子供たちの姿を思い描き、救出へ声をあげてください。そして政治家、官僚の皆さま。与野党の違い、さまざまな立場の違いを越えて、議論を交わし、知恵を絞り、被害者を帰国させるため、全身全霊を尽くしてください。
   日本が一丸となり、拉致事件という「国家の恥」を一刻も早くすすいで、日本のみならず、世界にとって幸せな未来がもたらされることを願ってやみません。
   今年も気が遠くなるような暑さが続き、84歳のおばあちゃんになってしまったお母さんは、いつ倒れてしまうか不安にかられつつ、あなたに会いたい一心で、日々を過ごしてきました。
   年を重ねると、老いや病と直面します。食べることさえ、しんどく感じることがあります。これが「生」の実感なのでしょうか。
   6月に天に召されたお父さんは、祭壇に飾った写真の中でニッコリとほほ笑んでいます。「お父さん、おはよう。がんばろうね」と毎朝呼びかけ、祈ります。立派に闘い抜いたお父さんを、明るく天に送りましたが、あなたと再会するため病室で必死に命の炎を燃やした心中を思うとき、体の真ん中をもぎ取られたような寂寥感(せきりょうかん)が漂ってきます。
   新型コロナウイルスの災禍で、世界は大きな打撃をこうむっています。拉致問題をはじめ、さまざまな外交の動きがむなしく感じられ焦りが募ります。街頭での署名活動、人を集めた集会を開けず救出運動も厳しい現実に直面しています。
   ただ、危機を迎えた今だからこそ、局面を切り開く好機でもあるはずです。
   拉致事件について菅義偉首相は「解決に全力を傾ける」と誓われました。拉致問題担当大臣に再び就かれた加藤勝信官房長官も「あらゆるチャンスを逃さず、1日も早い帰国につなげていく」と約束なさいました。必ず行動に移していただけると強く期待します。
(3)
  首相の職を辞された安倍晋三さんも、必ずお体を回復され、再び私たち家族とともに力強く取り組んで頂けることを祈っています。
  拉致事件から長すぎる時間が過ぎ、被害者も家族も年老いて、残された時は本当にわずかです。だからこそ、私たちには「結果」がすべてなのです。
  どうすれば、良き結果がもたらされるのか。国内外を訪ね、たくさんの人に訴えました。国会の議場で政治家の皆さまに尽力をお願いしたこともあります。
  もがき苦しみ、命がけで行動し、たくさんの方の力添えがあってなお、事が進まない現実に、複雑な拉致問題の暗い闇を垣間見るような気がしています。まずは、日本国が一丸で立ち向かわないと、高い壁を突き破ることはできません。
  だからこそ、すべての国民、拉致事件を知らない若い世代の方々にも事実を知り、解決を後押ししていただきたいのです。かつて日本に工作員が入り込み、大切な若者を次々と北朝鮮へ連れ去りました。国外でも日本人が同じように拉致されました。多くの人々が捕らわれたままなのです。
  これほど重大で非道な事件がなぜ起きたのか。同じような惨劇が起こらないと言い切れるのでしょうか。問題の根源を見据え、すべてをすっきり解決しなければ日本の未来を安心して子供たちに引き継げません。
  めぐみちゃん。頼りないお母さんですが、毎日、あなたを思い、何とか暮らしています。お父さんもニコニコほほ笑み、私たちを見守っているはずです。どうか、どうか、力強く生き抜いて、救いを待っていて。子供の時と同じように、弾ける笑顔で「ただいま!」と声をあげ、元気に帰ってくることを信じています。


2020.8.28-朝日新聞-https://mainichi.jp/articles/20200828/k00/00m/010/231000c
拉致被害者家族「また投げ出すのか」 突然の辞任表明に怒りと戸惑い

  安倍晋三首相の辞任表明に、北朝鮮による拉致被害者の家族から驚きと不安の声が漏れた。
   「突然のことで、どう言ったらいいか判断がつかない」。被害者の田口八重子さん(行方不明時22歳)の兄で、拉致被害者家族会代表の飯塚繁雄さん(82)は戸惑いをあらわにした。
   安倍首相は首相就任以降、すべての被害者の帰国に全力を尽くすと強調し続けてきたが、解決のめどは立っていない。一方で家族の高齢化は進み、今年2月には有本恵子さん(同23歳)の母嘉代子さんが94歳で、6月には横田めぐみさん(同13歳)の父滋さんが87歳で亡くなった。飯塚さん自身も体調が優れない日が続く。「焦りはある。このままではどんどん時が過ぎるだけだ」と語気を強め、安倍首相には「(後継に)しっかりした人を指名し、きちんと取り組んでほしい」と求めた。
   横田めぐみさんの母早紀江さん(84)は辞任について「非常に残念。でも、お体が悪いというのは仕方がない」と気遣いつつ、「次の方が引き続いて、私たちが訴えてきたことと同じ思いでやっていただきたい」と注文した。増元るみ子さん(同24歳)の弟照明さん(64)は「安倍首相は拉致問題を重要課題に挙げていた分、失望は大きい。何もかも中途半端のまま、また投げ出すのか」と批判し、「安倍首相で結果が出なかったので、政治にはもう期待できない気がしている」と苦しい胸の内を語った。
   被害者で福井県小浜市在住の地村保志さん(65)と妻富貴恵さん(65)は連名で、「突然の辞任表明に大変、驚いております。安倍首相には拉致問題を政権の最重要課題として、全力で取り組んでいただいた。政権が変わっても、政府・国民が一丸となり、必ずや我々の世代で解決されるよう私たちも取り組んでまいります」とするコメントを発表した。
   有本恵子さんの父明弘さん(92)=神戸市長田区=は自宅のテレビで辞任表明の記者会見を見守り「びっくりした。解決するまでやってほしかったが、病気には勝てん」と話した。次の首相に対しては「解決に向けた働きを求めたい。安倍さんもトランプ大統領との関係も含めて、よくよく引き継いでほしい」と求めた。
   被害者家族を支援してきた「救う会」はホームページに西岡力会長のコメントを発表。経済制裁や米国との協調などにより「解決への最後の段階まで来ていた」と評価し、「安倍政権がつくった枠組みを生かし、必ず解決してほしい」と次期政権に期待した。
   熊本市出身の拉致被害者、松木薫さん(行方不明時26歳)の姉の斉藤文代さん(75)=熊本県菊陽町=は「病気では仕方ないが『これから先の拉致問題はどうなるんだろう』という不安はある」と心境を語った。
   松木さんは1980年に留学先のスペインで行方不明になり、安倍首相が官房副長官だった2002年の日朝首脳会談で北朝鮮側は拉致を認めたものの、「96年に死亡した」と説明。だが、提示された「遺骨」は別人と判明した。
   6月には拉致被害者の横田めぐみさんの父親で、救出運動の先頭に立ってきた滋さん(享年87)の訃報にも接しただけに、斉藤さんは「頼ってきた人がどんどん欠けていく。次の首相がどれほど拉致問題に関心があるか分からず、『また最初からやり直しか』と思うとがっかりする」と肩を落とした。【斎藤文太郎、大島秀利、春増翔太、清水晃平】


2020.7.22-TBS NEWS-https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4034600.html
拉致被害者家族、ビデオメッセージで国際社会に訴え

  新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、国連など国際社会で拉致問題の解決を訴えることが難しい中、横田めぐみさんの弟ら拉致被害者家族の訴えを英語の字幕つきでまとめたビデオメッセージが公開されました。
   「拉致されてから43年間、姉は絶望の地である北朝鮮に拘束され続けているのです。この人権侵害での拉致問題は、遠い過去の物語ではなく、今もなお解決していない重大な問題であり、いかなる手を使ってでも、北朝鮮がその人権侵害行為を即時停止するよう対処していく必要があります」(横田めぐみさんの弟 拓也さん
   「私の母である田口八重子は、42年前に北朝鮮工作員により拉致されました。当時1才だった私と3才の姉を残したまま、彼女は北朝鮮に連れ去られました。それ以降、一度も彼女は日本に戻れない状態になっています。それ以降、私は彼女と会えないままの状態になっています。北朝鮮から拉致被害者が帰ってこない今、拉致事件は現在進行形で続いているのです」(田口八重子さんの長男 飯塚耕一郎さん)
   「私は、1980年にスペイン・マドリードで、よど号ハイジャック犯の妻達によって北朝鮮・平壌(ピョンヤン)へだまされて連れて行かれた男性2人組の1人、松木薫の弟です。兄たちが、欧州からどうやって北朝鮮に入国することができたのでしょうか?欧州の各地を利用して拉致を行っている事実に是非目を向けて頂きたいと思います」(松木薫さんの弟 信宏さん)
   ビデオメッセージは、政府拉致対策本部のホームページと政府インターネットテレビなどで公開されています。
   拉致被害者家族は、例年5月の連休の機会などを利用してニューヨークの国連本部などで北朝鮮による拉致という人権侵害の解決を訴えていますが、新型コロナウイルスの感染拡大で国内外ともに大規模な集会での訴えができなくなっています。
   政府拉致対策本部事務局は、在京の各国の大使館や海外メディアにもビデオメッセージの告知を行っていて、拉致被害者家族の思いを知ってほしいとしています。


2020.7.12-福井新聞Online-https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1122161
地村保さん死去、救出「親の執念」・・・拉致被害者全員帰国へ声上げ続け

  署名用紙を払いのけられても頭を下げて頼み込み、街頭に人がいなければ近くの民家の呼び鈴を押して署名をお願いした。拉致被害者、地村保志さん(65)の父、保さん=享年(93)=は息子の救出に半生をささげた。共に活動してきた関係者は「息子が帰るまではと大好きな酒を断ち、全国を歩いた。親の執念だった」と、その死を悼んだ。

  保志さんと富貴恵さんが拉致されたのは1978年7月。ともに23歳だった。翌月には富山県高岡市で、若い男女の連れ去り未遂事件が発生。現場には手錠や猿ぐつわが残されており、保さんは富山に行って関係者に話を聞いた。世間は若者の失踪という捉え方だったが、保さんは当初から北朝鮮による拉致を疑っていた。「保志は絶対に生きている」が口癖だった。
  97年に結成された拉致被害者家族連絡会には当初から名を連ね、国に対しても救出を求め続けた。98年には救う会福井を設立した。
  明るい性格で分け隔てなく記者とも接したが、当時の新聞は拉致について「疑惑」と表記しており「疑惑やない。事件や」と異を唱えた。「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」という国名の表記にも「民主主義やない」と反論した。
  署名活動の傍ら、寝たきりになった妻のと志子さんを献身的に介護した。息子に会えず涙する妻を「必ず保志は戻ってくる。頑張れ」と励まし続けた。
  保志さんが帰国を果たす半年前、と志子さんは75歳で亡くなった。その時、保さんは拉致の解決を求め訪れていた韓国からの帰路の途中で死に目には会えなかった。当時の小浜市長で葬儀に参列した村上利夫さん(88)は「保さんの落胆は見るに忍びなかったが、息子を取り戻すという気持ちは揺らぐことはなかった」と振り返る。
  2002年に保志さんと24年ぶりの再会を果たしたが、帰国できたのは保志さん、富貴恵さん夫妻を含め5人だけだった。04年には3人の孫も帰国したが、その後も署名活動を続けた。保さんの半生をつづった著書「絆なお強く」の共著者、岩切裕さん(74)は「私はハッピーエンドの本にしたかったが、保さんから話を聞くほどに、いまだ解決していないという苦しみ、悲しみが伝わってきた」と話す。

著書の最後に保さんは「国をあげての世論の力で政府は動きました。そして、さらにその波が国際世論をも動かし、拉致問題解決へと向かうことを願っています」と記した。古里で家族がそろっても「被害者全員が帰ってこなければ、解決やない」と声を上げ続けた人生だった。


2020.7.11-産経新聞 SANKE NEWS WEB-https://www.sankei.com/world/news/200711/wor2007110019-n1.html
【めぐみへの手紙】あなたを思い天国に召されたお父さん 決意を引き継ぎ全身全霊を注ぎます
(1)
めぐみちゃんこんにちは。必ず再会するという決意を胸に、幾度となく、愛(いと)しいあなたの名前を呼びかけてきましたね。めぐみちゃんに、大切なことを伝えなければなりません。6月5日午後2時57分。あなたが大好きなお父さんが、天国に召されました。
  病床にあって、いつも笑顔をたたえ、あなたを強く思いながら、最期まで静かで、穏やかな、お父さんらしい旅立ちでした。あなたの写真に囲まれ、たくさんの祈りにも支えられて、優しい光の中に包み込まれるように、スッと天に引き上げられていきました。
  何から伝えればよいのか-。めぐみちゃん、伝えたいことがあまりに多く、うまく言葉につづれません。
  お父さんが天に召されてから、皆さまの励まし、力強い慰めの声を次々と頂きながら、一つ一つにしっかりと、お応えするいとまもなく、結局、目まぐるしい日々が過ぎていきます。
  静かに思いを巡らせる余裕はありませんが、めぐみちゃんと必ず再会し、抱き合えるという確信はますます強くなりました。支えてくださる皆さまの存在が、勇気となっています。
  42年間、あなたの姿を追い、全身全霊で闘ったお父さんは、最期に力強い信仰も得て、世の本質をしっかりと見据えながら、お母さん、弟の拓也、哲也たちへ思いを託し旅立ちました。
  お父さんは晩年、思うように言葉が出にくくなりました。でも、その胸中は優しく、毅然(きぜん)とした姿ににじみ出ていました。「めぐみたちを全員救い出す。最後に必ず、正義をかなえる」
  誰にも等しく、誠実であろうとしたお父さんの思いを、引き継がなければなりません。めぐみたち残る被害者全員に祖国の土を踏ませる。お母さんは、先に天に召されていったお父さんたちが、人生の闘いの末、見届けられなかった正義の結実をかなえたいのです。
(2)
日本の国民の皆さま。政治家、官僚の皆さま。遠く離れた異国で救いを待つ子供たちの姿を、わがこととして思ってください
  世界が一つとなり、拉致という非道極まる国家犯罪の現実を改めて直視し、残酷さをかみしめ、すべての子供たちを救うための闘いを、後押ししてください。
  解決への切望を言葉に発して行動に移し、北朝鮮の最高指導者が全面解決を決断するよう導いて、世界に平和をもたらしていただきたいのです。お母さんたちも、命の炎を燃やし、全身全霊を注ぐ決意でいます。
  昭和52年11月15日、めぐみちゃんが姿を消し、何も見えない地獄の20年間を経て、北朝鮮に捕らわれていることが分かったのが平成9年。おりしも、全国の被害者の肉親が集い、家族会が結成され、代表に推されたお父さんは、救出運動の最前線に立ちました。
  どこにでもいる庶民のお父さんは強烈な重圧に耐えていたはずです。救出の糸口になると信じ、危険を承知でめぐみの実名を明かすことを決断しました家族の代表として北朝鮮、時には日本政府に解決を迫る意志と行動を示しました。講演や署名活動で全国を駆け回り、体力は限界を超え、気力だけが頼りでした。
  平成30年4月、体調を崩したお父さんは、入院しました。病院での療養は天から与えられた休息であり、めぐみちゃんとの再会まで命をつなぐ、新たな闘いの日々でもありました。
  お父さんが「苦しい」だとか「辛い」だとか、後ろ向きの言葉を発することはありませんでした。病院の方々に支えられいつもニコニコ、一刻を大切に生きていました。一生懸命、リハビリにも取り組みました。
  今年に入り、お父さんの体力が徐々に衰える中で、新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)し、お母さんは心配で仕方ない日々を過ごしました。
(3)
「ウイルスの惨禍の下で私たちの命も、希望も、無残に消えてしまうのか」
  見舞いに行き、身体をさすってあげることさえもできない。自宅のベランダに咲いたバラのスケッチや、手紙を病院に預けて、お父さんの耳元で読み上げていただきました。
  旅立ちの日には拓也や哲也、その家族、お父さんの弟たちも駆けつけました。その時が近づくと、病院の方が、強く呼び掛けるようおっしゃいました。一瞬でも長く引き留めて、ということだったのでしょう。
  でも、お母さんは、うっすら涙を浮かべたお父さんの安らかな顔を見つめながら、「最期まで頑張ったね。もう安心して。天国に行けるよ。また会えるよ、待っていてね」と、あらんかぎりの力で伝えました。
  今年2月、神戸の有本恵子さんのお母さん、嘉代子さんが94歳で天に召されましたお父さんの明弘さんも既に92歳です。思うように動けなくなった私たち親にできることは世の中へ懸命に訴えることだけです。
  生老(しょうろう)病死。すべての命は平等に、生きる苦しみと直面します。そして命には限りがあります。私たち家族に複雑な国際情勢は理解できませんが、コロナの災禍に見舞われ、先の見えない世界に、そこはかとない、不穏な気配も感じます。
  重ねて、私たち年老いた家族に残された時間は本当に、本当に、わずかです。大きな喜び、正義がなされる光景が一刻も早く、実現されることを祈ります。
  めぐみちゃんこれほど辛く、長い時間を待たせてしまって本当にごめんね。お父さんは今頃、空の上から、あなたの姿を見つけていることでしょう。必ず、あなたを抱きしめる日が来ることを確信しつつ、新たな一日を生きていきます。


2020.7.4-産経新聞 SANKE NEWS WEB-https://www.sankei.com/world/news/200704/wor2007040021-n1.html
めぐみさん写真展、川崎で始まる 父・滋さんの死去受け開催

  北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=の写真展が4日、川崎市で始まった。市内に住む父の滋さんが6月に87歳で亡くなったことを受け、拉致問題の解決に向けた機運を高めようと市が主催。
  4日はJR川崎駅の北口自由通路に、滋さんが撮影しためぐみさんら家族の写真など約40点や、母の早紀江さん(84)のメッセージボードを展示。横田さん一家へのメッセージを書き込むカードも用意し、来場者がそれぞれの思いをつづった。東京都大田区の教員、小野たえこさん(52)は「幸せそうな写真を見ると、涙がこみ上げてきた。早紀江さんには元気でいてもらいたい」と話した。
  写真展は8月12日まで、市内10カ所で順次開催する。入場無料








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拉致問題対策本部HP-https://www.rachi.go.jp/
北朝鮮による日本人拉致問題-Abductions of Japanese Citizens by North Korea
北朝鮮による日本人拉致問題-wikipedia

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