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2024.03.29-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240329-6WMHAELG3ROENNA2ZMLSICNIPU/
M-1さんへの尋問可能性も 文春訴訟 双方の主張対立なら審理長期化、平均1年2カ月

  「ダウンタウン」のM-1さん(60)「週刊文春」の報道を名誉毀損と訴えた裁判が28日に東京地裁で始まった。記事の内容が真実と言えるかどうかを巡り双方の主張は対立。審理は長期化する可能性がある。 名誉毀損訴訟は判例上、記事などの内容が公共性と公益性に加え、真実だと信じる相当な理由があると立証されれば、違法性は否定され、責任を問われない

  文春側は女性らの証言の信用性を慎重に検討した点や、M-1さんに取材した点などを示しながら、真実と信じる相当な理由があったとの立証を重ねる方針だ。
  民事訴訟で双方の主張が対立した場合、審理は長期化する傾向がある。昨年7月の最高裁の報告書によると、1審判決までの平均審理期間は1年2カ月余り。今回は、性的行為の有無という事実関係から争われる見込みで、裁判所が書面上の証拠のみで不十分と判断すれば、M-1さんを含め関係者に対する尋問が行われる可能性もある


2024.03.28-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240328-KVLQZBQDDJLEZGVBTUKQ4HEI54/
文春側が「行為強要は事実」と請求棄却求める M-1さん報道、東京地裁で初弁論

  複数の女性に性的行為を強要したとする「週刊文春」の報道で名誉を毀損されたとして、人気お笑いコンビ「ダウンタウン」のM-1さん(60)が、発行元の文芸春秋と、週刊文春編集長に5億5千万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求めた訴訟の第1回口頭弁論が28日、東京地裁であり、文春側は「複数の女性が受けた同意のない性的行為は事実」などとして、請求棄却を求めた。M-1さんは出廷しなかった

  週刊文春は昨年末、M-1さんが平成27年に複数の女性に対し、東京都内で飲食後にホテルで、同意がないのに性的行為を強要したなどと報じた。
  M-1さんは初弁論を前にした25日、代理人弁護士を通じ「世間に真実が伝わり、一日も早く、お笑いがしたいです」とのコメントを発表。現在は「裁判に注力したい」として芸能活動を休止している。


2024.03.28-産経新聞(KYODO)-https://www.sankei.com/article/20240328-WDLXRSC3OROIRJFF7JDWYRSNKM/
水原一平氏による「巨額窃盗」 被害届けの提出先を大谷選手側明かさず、米報

  米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手の元通訳水原一平氏による違法賭博問題で、スポーツ専門局ESPNは27日までに、「大谷選手は巨額な窃盗の被害者だ」と主張する同選手の代理人が、被害届の提出先について明らかにすることを拒んでいると報じた。州や連邦の捜査機関を取材したが、通報があったとの確認が取れないとした。

  大谷選手自身も25日の報道各社への取材対応で、水原氏が「僕の口座から盗んでみんなにうそをついた」と述べた。水原氏は違法ブックメーカー(賭け屋)に借金があり、大谷選手の口座から少なくとも450万ドル(約6億8千万円)が送金されたとされる。内国歳入庁や大リーグ機構が調査を進めているが、依然として謎が多いままだ。
  ESPNによると、国土安全保障省は声明で、内国歳入庁と共に、水原氏の役割を含めた全体的な調査を進めていると説明した。水原氏の窃盗容疑が対象に含まれるかどうかや、大谷選手側からの接触の有無は明らかにしていない。(共同)


2024.03.26-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240326-6LKLKXDGNBM5JDKHOM5NJOCZ4I/
「僕の口座からお金を盗んだ」「すべてがうそだった」大谷翔平選手の声明全文

  米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手(29)25日午後(日本時間26日早朝)、ロサンゼルスのドジャースタジアムで、専属通訳を務めていた水原一平氏の違法賭博に関与していたという疑惑について、騒動発覚以来初めて取材対応。出席者は大谷選手本人と通訳の2人だけだった。大谷選手が問題の中身を説明。調査進行中ということで質疑応答は受け付けなかった。大谷選手の声明は次の通り。

  「まず皆さん、来ていただいてありがとうございます。僕も話したかったのでうれしく思っていますし、チームの関係者も皆さん、ぼく自身もそうですけど、ファンの皆さんもここ一週間くらいですかね、厳しい一週間だと思うのですけど、皆さんも含めて我慢とご理解をしていただいたのは、すごくありがたいなと思っています。まず、僕自身が信頼していた方の過ちというのを悲しくというか、ショックですし、今はそういう風に感じています」
  「現在進行中の調査もありますので、きょう話せることにまず限りがあるということにご理解いただきたいということと、また、きょうここに詳細をまとめた、わかりやすく皆さんにお伝えするためにまとめたメモがありますので、そちらの方に従って、何があったのかというのをまず説明させていただきたいなと思います」
  「まずはじめに僕自身は何かに賭けたりとか、誰かに代わってスポーツイベントに賭けたりとか、それをまた頼んだりということはないですし、僕の口座からブックメーカーに対して誰かに送金を依頼したことももちろん全くありません」
  「本当に数日前まで、彼がそういうことをしていたというのも全く知りませんでした」
  「結論から言うと、彼が僕の口座からお金を盗んで、なおかつ、僕の周りに、みんなに嘘をついていたというのが結論からいうとそういうことになります」 
  「まず初めにいうと、先週末、僕の代理人に対してメディアの方から、私が国内ですね、日本のブックメーカーから僕が関与しているのではないかという、スポーツ賭博について関与しているのではないかという打診、連絡がありました」
  「一平さんは僕にこういった取材の依頼があるということをまず僕には話していなかったし、僕にはそういう連絡が来ていなかったということと、初めに代理人には一平さんは僕と話してわかったのは、一平さんにではなく、某友人の借金の肩代わりとして支払ったという風に、僕の代理人を含めてみんなに話していました」
  「その翌日にさらに尋問で、一平さんは僕の代理人に対して、借金は自分のもの、つまり一平さん自身がつくったものということを説明しました」「それを僕が肩代わりしたという話を、その時に代理人に話しました」
  そしてこれらは全くすべてが嘘だったということです」 「一平さんは取材依頼のことも僕にもちろんその時伝えていなかったですし、代理人の人たちに対しても、『僕はすでに彼と話してコミュニケーションを取っていた』ということも嘘をついていました」 「僕、代表、チームにもの代理人たちに対しても、僕とコミュニケーションを取っていたと嘘をつきました」
  「そして僕がこのギャンブルに関しての問題を初めて知ったのは、韓国の第1戦が終わった後に行われたチーム・ミーティング、試合の後のチーム・ミーティングの時です」 「そのミーティングで彼は全部英語で話していたので、僕に通訳もついていなくて、すべて英語で話していたので、完全には理解できていなくて、何となくこういう内容であるとはおそらくは理解できていましたけど、何となく違和感はその時は感じていました」
  「でまあ、その時彼は僕に対してホテルに帰った後で、2人でより詳しいことを2人で話したいので今は待ってくれという風に言っていたので、僕はまずその時はホテルまで待つことにしました」
  「僕は一平さんがその時に、ミーティングの時にギャンブル依存症だということを僕はもちろん知らなかったですし、彼が借金をしていることもそのミーティングの時は知りませんでした」
 「僕は彼の借金返済にもちろんその時同意していませんし、ブックメーカーに対して彼に送金してくれと頼んだことも許可したことももちろんないです」
  「そのあと、試合後ホテルに戻って、一平さんと初めて話をして彼に巨額の借金があることをその時知りました」 「彼はその時私に僕の口座に勝手にアクセスしてブックメーカーに送金していたということを僕に伝えました」
  「僕はやっぱりおかしいなと思って代理人に話したいということで、代理人を呼んでそこで話し合いました」 「話を終わってこれを聞いて、僕の代理人もやっぱり彼に嘘をつかれていたということを初めて知って、すぐにドジャースの皆さんと弁護士の人たちにその時に連絡しました」
  「ドジャースの皆さんも弁護士の人たちも、彼らもその時に初めてまた嘘をつかれていたということをその時に知りました」
  「そして僕が、弁護士の人たちがこれは窃盗と詐欺のことなので、これを警察の当局に引き渡すという報告をその時にしました」
  「これがそこまでの流れなので、僕はもちろんスポーツ賭博にもちろん関与していないですし、ブックメーカーに送金していたという事実は全くありません
  「正直ショックという言葉がまあ、正しいとは思わないですし、それ以上の言葉では表せないような感覚で、この一週間くらいはずっと過ごしてきたので、今はそれを言葉にするのは難しいなと思っています」
  「ただ今シーズンも本格的にスタートするので、ここからは弁護士の方々にもお任せしますし、僕自身も警察当局の協力に、全面的に協力したいと思っています」
  「気持ちを切り替えるのは難しいですけれども、シーズンに向けてまたスタートしたいですし、きょうまたお話できてよかったと思っているので、まあきょうは質疑応答は、これが今お話しできるすべてなので、質疑応答はしませんが、これからさらに進んでいくと思います」
  「以上です。ありがとうございました」


2024.03.26-産経新聞(KYODO)-https://www.sankei.com/article/20240326-PQXQWVKWYFJPZJ4IDHMF3OOOW4/
大谷選手、声明発表へ 質疑応答なし、カメラ撮影も禁止 通訳の違法賭博関与疑いで

  米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手(29)は25日(日本時間26日)、通訳を務めたA氏(39)が違法賭博に関与した疑いが発覚して以降初めて、本拠地ロサンゼルスのドジャースタジアムで報道陣に対応する。球団によると、大谷選手は声明の発表のみで質疑応答はなく、カメラによる撮影も禁止された。

  A氏はソウルでの開幕シリーズ中だった21日に事実上の解雇となった。米メディアによると違法ブックメーカー(賭け屋)に借金があり、大谷選手の口座から少なくとも450万ドル(約6億8千万円)が送金された。
  A氏はスポーツ専門局ESPNの取材に、大谷選手が借金の肩代わりをしてくれたと証言した後、同選手は何も知らなかったと撤回。大谷選手がいつから、どこまで事態を把握していたのかが焦点だった
  この問題を巡っては日本の国税庁に相当する内国歳入庁がA氏を捜査していると伝えられ、大リーグ機構も調査を開始したと発表している。(共同)


2024.03.25-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240325-H4KFH2L7VVBRNPNCNMKAE6XFAE/
大谷翔平の元通訳・A氏の違法賭博問題 「八百長とセット」で選手処分のケースも

  米大リーグ(MLB)、ドジャースの大谷翔平選手の通訳だったA氏を巡る違法賭博問題を巡っては、当の大谷選手自身が26日(日本時間)、自ら経緯などを説明する見通しとなった。本人の関与の有無や程度が最大の焦点だが、野球界では過去、選手に厳しい処分が下されたケースもある。

  米大リーグ史上最大のスキャンダルといわれるのが「ブラックソックス事件」だ。1919年のワールドシリーズで圧倒的優位とされたホワイトソックスがレッズに敗れたが、主力8選手が賭け屋から賄賂をもらい八百長に加担したとして、永久追放された。
  また、メジャー歴代1位の通算4256安打を誇るピート・ローズ氏は、レッズの選手兼監督時代に野球賭博にかかわったとして、89年に永久追放処分を受けた。ブラックソックス事件でのペナルティが処分の基準になったとされる。
  日本のプロ野球では昭和44年に発覚した「黒い霧事件」が有名。西鉄ライオンズ(当時)の投手が暴力団の要請で野球賭博に絡み、八百長行為に関わったとして6選手が永久追放となった。
  違法賭博では、賭け対象となる試合の結果などを意図的に操作する八百長行為と「セット」となるケースが多い一方、今回の問題では、A氏は対象競技について、「野球には賭けていない」と関係者らに説明したとされている。


2024.03.22-産経新聞(KYODO)-https://www.sankei.com/article/20240322-I7WQTQMBHBP5VECMZC6FS7YMHQ/
A氏の賭博疑惑に厳しい論調 米報道「球界最大の賭博スキャンダル」 「肩代わりなら大谷選手が処罰の可能性」

  米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手の通訳を務めたA氏が、違法賭博に関与した疑いで事実上の解雇となった問題で米メディアは21日、コラムやオピニオンでも大きく取り上げた。厳しい論調や踏み込んだ内容が目についた。

  米ニュースサイト、ポリティコは「世界一有名な野球選手の通訳が絡んだことで、既に1989年のピート・ローズ以来となる球界最大の賭博スキャンダルだ」と、野球賭博で永久追放となった通算最多安打記録保持者を引き合いに衝撃度の大きさを表した
  ロサンゼルス・タイムズ紙は賭博に詳しい専門家の見解として「連邦法には違法賭博業者の債権回収を手伝えば、賭博業をやっていることになる規定がある。違法賭博と知って借金を肩代わりしたのなら、大谷が重い処罰を受ける可能性がある」と伝えた。全国紙USAトゥデーは「Aの解雇は大谷の偉業を伝える物語に永久にひも付けられることになる」とした。(共同)


2024.03.21-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240321-IKL3MLQ3PZA4LOYJHUIFUNLYOQ/
「疑わしきは罰する」不祥事に厳しいMLB A氏解雇で大谷選手へのダメージ懸念も
(浅野英介)

  米大リーグ(MLB)、ドジャースの大谷翔平選手(29)の資金を賭博に使うため「大規模に盗んだ」として告発され、ドジャースから解雇された通訳のA氏。開幕直後に判明した衝撃的な一報は、米メディアでも相次いで取り上げられた。賭博や八百長などの不祥事を巡っては、MLBはこれまでも対象者に対して永久追放処分を下すなど、厳しい姿勢で臨んできた。一方で、エンゼルスから二人三脚で歩んできた大谷へのダメージを懸念する声も上がっている

「サッカーなどに賭けていた」と米報道
  「野球界で最大の世界的スーパースターを巻き込んだ驚くべき展開」。A氏の解雇についてこう報じたのは、米紙USAトゥデー(電子版)だ。
  スポーツ専門局のESPN(電子版)は、「A氏は2021年からサッカーの国際試合やその他のスポーツ(野球は除く)に賭けていた」などと報道。「(大谷は)ギャンブルでの借金については何も知らず、ブックメーカーにも送金していない」というA氏の証言なども紹介した。
  MLBでは1919年、ホワイトソックスの主力8選手が八百長に関与した「ブラックソックス事件」が発覚し、永久追放処分を受けた。89年にはピート・ローズ(レッズ)が野球賭博に関与したとして同じく永久追放処分になっている。
  大リーグ評論家の福島良一さんは「ブラックソックス事件など過去に起きた不祥事をふまえ賭博などの問題には『疑わしきは罰する』という厳しい姿勢で臨んでいる」と指摘する。
WBCでは橋渡し役も
  エンゼルス時代から通訳を務めてきたA氏は、練習のサポートなども務めるなど、二刀流の大谷とは二人三脚で歩んできた。昨年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、ラーズ・ヌートバー(カージナルス)が日本代表入りする際の橋渡し役も務めた。
  福島さんは「(A氏は)大谷選手にとって大事な存在で、メジャーでも二人三脚で歩んできた。大谷選手へのイメージに傷をつけただけでなく、精神面でのダメージも懸念される」と指摘する。
  20日に行われたパドレスとの開幕戦では2安打1盗塁と、新天地でも本領を発揮した大谷。しかし、公私をともに歩んできた「相棒」がチームを去ることによって、今後の影響が懸念される。(浅野英介)


2024.03.15-産経新聞(KYODO)-https://www.sankei.com/article/20240315-F5SDPNISF5LZTO646D42N46GAQ/
大谷翔平の妻は元バスケ選手と米報道 元富士通の田中真美子さん 昨年4月退団、現役引退

  米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手が開幕戦に臨むソウルへチャーター機で移動した際に同行した妻について、CNNテレビ(電子版)は15日、球団が元バスケットボール選手の田中真美子さん(27)と認めたと報じた。田中さんはWリーグ、富士通の元選手で昨年4月に退団。現役を引退していた。

  大谷選手やドジャースの交流サイト(SNS)に2人の写真が初めて投稿され、スポーツ専門局ESPN(電子版)も「大谷選手が妻の田中真美子さんの写真を公開した」と報じた。(共同)


2024.03.09-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240309-JL63MYIMQRPIJFUXW2S3OR5NDI/
転倒したランナー死亡 東京マラソン主催者が発表

  3日に開催された東京マラソンで、21キロ付近で転倒したランナーが搬送先の病院で死亡したとレースを主催した東京マラソン財団が9日までに発表した。同財団の早野忠昭理事長は「このような不幸な事故が発生しないよう大会運営にあたり、引き続き安全対策に努めてまいります」との声明を発表した。


2024.02.29-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240229-LLMFSIZW2VMU5BLRFQWENBTA64/
「大谷ロス」「飛躍を」 大谷選手結婚で地元・岩手も祝福ムード 地元紙が号外も

  米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手(29)が自身のインスタグラムで日本人女性との結婚を発表した29日、地元の岩手県では号外が配られるなど祝福ムードに包まれた。JR盛岡駅前や大谷選手の出身地の奥州市内などでは、地元紙「岩手日報」の号外が計1万1千部配られた。仕事帰りの会社員や学生らが次々と郷土のヒーローのビッグニュースを手にする姿がみられた。

  宮古市の高校3年、清水こころさん(18)は「野球は詳しくないけど、〝大谷ロス〟です」としつつ「(相手が)同じ日本人でホッとしました。お幸せに、応援しています」。大谷選手の大ファンという盛岡市の会社員、浦壁清一さん(63)は「野球に専念して女性と交際しているイメージはなかったけど、適齢期だしね。結婚を機にさらに飛躍を期待しています」と語った。
  シーズン前の発表とあり、宮古市の学生、千葉漣翔さん(19)は「えっ、このタイミングで結婚ですか」と驚きつつ「とにかく岩手の英雄。守る人ができてさらに躍進してほしい」とエール。盛岡市の吉田礼子さん(92)は「びっくりした。大谷選手は大好き。お幸せに」と祝福した。
  一方、「大谷翔平選手ふるさと応援団」の事務局がある奥州市生涯学習スポーツ課の担当者は「大谷選手のSNSを登録していた職員に通知が届いたのをきっかけにして、30人ほどの部署内が急にザワザワし始めた。みんなあわててインターネットやテレビで確認を急いだ」と一報が伝わった状況を説明。「とにかく予想もしていなかったので、ただただびっくりした。本当におめでたい」と話した。


2024.02.22-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240222-4KLRX26J3FGYDHTLCACS5PQRQQ/
死去の山本陽子さん、山本海苔店CMはギネス認定 清楚な役から悪女まで「日本的美人」

  20日に81歳で死去したことが明らかになった女優、山本陽子さんは、典型的な「日本的美人」で多くのファンを魅了した。清楚な役から悪女まで幅広い役柄をこなしたスター女優だった。昨年に芸能生活60周年を迎えたばかりで、最期まで仕事への意欲は衰えていなかった

  山本さんは昭和38年、第7期日活ニューフェースとして芸能界入り。俳優の高橋英樹さん(80)の相手役として翌39年の映画「抜き射ちの竜 拳銃の歌」で本格デビューした。
  「山本海苔店」(東京)のCMキャラクターを長年務め、平成22年には「専属タレント契約の世界最長記録」としてギネス認定された。21年には東京都内で乗用車を運転中、トラックに追突され軽傷を負う事故に遭ったこともあった
  最期まで仕事への意欲は衰えず、今月2日には「徹子の部屋」で、日活のスター同士だった高橋さんと共演した。「健康である限り、いろんな役に挑戦したい」と語り、4月には舞台の予定もあったという。
  東京・浅草公会堂入り口にある有名人の手型を並べた「スター広場」には、山本さんの手型も加えられている。


2024.02.12-産経新聞(夕刊フジ)-https://www.sankei.com/article/20240212-D55YSSXWCZHNDI4HCIRYDYHSZQ/?outputType=theme_weekly-fuji
「セクシー田中さん」問題で小学館「要望伝えた」、脚本家「初めて聞いた」 残るは日テレ

  ドラマ「セクシー田中さん」(日本テレビ系)の原作者である漫画家、芦原妃名子さん(享年50)が急死した問題は新たな展開を迎えた。ドラマ化をめぐる経緯について、出版元の小学館が「原作者の要望は制作側に伝えた」とする一方、脚本家は「初めて聞くことばかり」とコメントしたのだ。ボタンの掛け違いはどこから生じたのか

  芦原さんは1月26日、脚本や登場人物の設定をめぐり、日テレ側と見解の相違があったことをSNSに投稿。28日に投稿を削除後、29日に栃木県内で死亡していた。
  小学館は8日になって、現場編集者らが「著者の意向が尊重されることは当たり前のこと」「守られるべき権利を守りたいと声を上げることに、勇気が必要な状況であってはならない」とコメントを出した。
  小学館自体も「先生のご要望を担当グループがドラマ制作サイドに、誠実、忠実に伝え、制作されました」と報告し、現在、再発防止に向けて調査を進めていることを明らかにした。
  一方、ドラマの脚本を担当した相沢友子氏は同日、インスタグラムで「(故人が)書かれていた経緯は、私にとっては初めて聞くことばかりで、それを読んで言葉を失いました」ともつづったのだ。
  制作サイドに要望を伝えたという小学館。初めて聞いたという脚本家。いったい答えはどこにあるのか「日本テレビが脚本家にどのように説明していたのかが真相のカギを握っている」と放送関係者が話すように、ここからは日本テレビの対応が注目される。


2024.02.09-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240209-NR6MS4FHNVCQ3LPUBUFLOLSUQI/
帰りの旅費もたず、本物に触れたくて渡欧 指揮者・小澤征爾(上)
(平末広)

  日本を代表する指揮者、小澤征爾さん(76)第23回高松宮殿下記念世界文化賞(音楽部門)を受賞、19日に授賞式が行われる。世界最高峰のウィーン国立歌劇場、ベルリン・フィルなどで世界の聴衆を魅了。近年は度重なる病を克服して、長野県松本市で毎夏行われる「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」の総監督を務め、教育活動にも尽力する。クラシック音楽が日本に輸入されて以来の「日本人に西洋音楽がどこまでできるか」という問いへの答えを身をもって示し続けている。
―母親に教わった賛美歌が音楽との出会いだそうですね
  日本交響楽団(現NHK交響楽団)でレオニード・クロイツァー指揮のベートーベンを聴いて指揮を志し、斎藤秀雄氏に教えを受けます。いまもときどきその教えを振り返ることがあると聞きました

  小澤 先生がいつも言っていた「クラシック音楽の音楽家になった以上は、表現をすることが一番大事だ」という言葉が僕の原点です。この言葉はとても深くて、作曲家のスタイルや、楽譜の奥にある作曲家の真意を読み取れ、表面をなぞるのでは駄目だと。具体的には曲のフレーズの作り方や、弦楽器の弓の力をどう入れるかまで細かく、厳しく教えられました。「緻密にやらないと表現にならない、アバウトじゃ駄目だ」ということですね。カラヤン先生も同じようなことを言っていました。
―世界で活躍するスタートは、昭和34年にフランスに渡ったことでした
  小澤 昭和30年に日本に初めて海外のオーケストラ「シンフォニー・オブ・ジ・エア」がアメリカから来日しました。それまで日本では聴いたことのない一流の演奏にすごいショックを受けて、これは絶対向こうへ行って聴かなきゃ駄目だなと感じました。斎藤先生がドイツに留学した人だったので、ヨーロッパへ行こうと思いました。
―著書「ボクの音楽武者修行」に詳しいですが、貨物船にスクーターという破天荒な渡欧でした
  小澤 いま、考えると大変なことだけど、当時はそんな大それたことだと考えてなかったのです。目先のことでとにかく行きたかったけれど、どうやればいいのか分からなかったので、苦労して三井船舶の「淡路山丸」っていう貨物船に乗せてもらって、現地での移動のためにスクーターを富士重工業から借りていったのです。帰りの旅費はなかったし、行ってどうなるかということなんか考えてなかったですね。いまは、海外からの情報がどんどん入ってきて何でも分かるけれど、あの当時はそういうものはほとんどなくて、実際に自分が行ってみないと分からなかった。
―フランスに到着早々、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。
  直後のアメリカのタングルウッド音楽祭で巨匠シャルル・ミュンシュ氏に師事。その後、ヘルベルト・フォン・カラヤン氏、レナード・バーンスタイン氏という著名な指揮者に学びます
  小澤 タングルウッドの直後にベルリンでカラヤン先生の弟子になるコンクールに通って、すぐ後にニューヨーク・フィルでバーンスタインの副指揮者にならないかという誘いが来ました。すでに「ヨーロッパではカラヤン、アメリカではバーンスタイン」と言われている時代で、互いに強いライバル心を持っているといわれていたのです。恐る恐るカラヤン先生にニューヨーク・フィルの件を話すと意外にも「行ってこい。でも(任期が)終わったら(自分が)教えるから帰ってこい」と言ってくれました。バーンスタインは、自分を愛称の「レニー」で呼ばせて、とてもフランクな人間、一方のカラヤン先生は、ストイックで厳しくて、性格は全く違ったけれど、2人とも本当に素晴らしい音楽家でした。(平末広)

小澤征爾(おざわ・せいじ)
  昭和10年、中国の瀋陽(旧奉天)生まれ。76歳。桐朋学園で指揮を斎藤秀雄氏に師事。フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。ボストン交響楽団、ウィーン国立歌劇場などの音楽監督を歴任、現在はサイトウ・キネン・フェスティバル松本の総監督、新日本フィルの桂冠名誉指揮者などを務める。平成20年、文化勲章を受章。


2024.02.05-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240205-HXBRXC2ERFMPFOSV6ZILZ7IQ6A/
M-1『クレイジージャーニー』次回も出演へ 予告映像に登場

  TBS系バラエティー『クレイジージャーニー』(毎週月曜 後10:00)が5日に放送。エンディングに次回予告が放映されたが、活動休止中のダウンタウン・M-1の姿が収められていた。

  この日の放送では、洞窟探検家・吉田勝次氏の“絶海の孤島・南大東島で超過酷な宝探し旅”を届けたが、今回吉田氏が訪れたのは、沖縄本島から空路で360キロメートル東にある太平洋にポツンと浮かぶ絶海の孤島・南大東島。
  島の地下水脈をたどって海へ出るという、吉田氏にとって過去イチ過酷なお宝洞窟旅に密着していく。


2024.02.05-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240205-25Y3QJOVIBEMDKAMQX4FIPV6KY/
「一身上の都合」でミス日本グランプリを辞退 ウクライナ出身の椎野カロリーナさん

  ミス日本コンテストを主催するミス日本協会は5日、1月22日に開催された第56回コンテストでグランプリに選ばれた名古屋市出身のモデル、椎野カロリーナさん(26)がグランプリを辞退したと発表した。椎野さんから「一身上の都合」で辞退したいと申し出があったといい、今年のグランプリは「空位」にする。

  同協会は公式ホームページに「一連の騒動を招いた責任を真摯に受け止めております。大会を応援してくださっているスポンサー各位、審査員の先生方、関係者のみなさまにおきましてはご迷惑をおかけいたしまして、大変申し訳ございませんでした。心よりお詫び申し上げます」とする和田薫会長名でのコメントを発表した。
  椎野さんはウクライナ人の両親の間に生まれ、5歳で来日。令和4年に日本国籍を取得した。椎野さんを巡っては、週刊文春が2月1日、妻子ある男性と親密な関係であると報道。協会は同日、「妻子ある男性が『独身である』旨を述べて近づいたためにおきたこと」として、椎野さんに非はないとするコメントを発表していた。


2024.02.02-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240202-VYFSXOO6Y5NAXMPREDXRVBNOIU/
TikTok契約更新せず ユニバーサルミュージック、視聴に影響

  大手レコード会社、ユニバーサルミュージックの日本法人2日、動画投稿アプリTikTok(ティックトック)との契約が更新に至らずアプリ上でユニバーサルの曲を利用した動画の作成や視聴に影響が出ると発表した。

  米ユニバーサルミュージックグループがTikTok運営企業との交渉で、アーティストらに適切な報酬が支払われていないことなどを問題視し、1月31日までの契約を更新する協議で合意に至らなかったという
  ユニバーサル側は「TikTokは音楽に正当な対価を支払うことなく、音楽をベースにしたビジネスを構築しようとしている」と批判。AIの影響からアーティストの権利を保護することなどを求めたが、折り合わなかった
  Adoさんら人気アーティストを数多く抱える日本法人は「(今回の)判断はアーティストの権利・創造性・価値を守るために不可欠」だったとファンに理解を求めた。


2024.01.27-産経新聞(夕刊フジ)-https://www.sankei.com/article/20240127-K7V3CBRFWNF4LPIG35BHHGVA4Q/?outputType=theme_weekly-fuji
M-1VS週刊文春、破格の5億円訴訟の行方は「続報分で賠償金増額も」

  「週刊文春」による性的行為の強要報道をめぐり、発行元の文藝春秋を相手取り、名誉毀損(きそん)による損害賠償訴訟を22日、東京地裁に起こしたダウンタウンのM-1(60)。〝カリスマ芸人〟が活動を休止してまで臨む訴訟は長期戦が見込まれるだけに、請求額も5億5000万円と破格だ。勝算はあるのか。

  所属事務所の吉本興業が22日、M-1の提訴を発表。昨年12月27日発売の「週刊文春」に掲載された記事が対象で、損害賠償請求と訂正記事による名誉回復を文藝春秋と週刊文春の編集長に求めている。請求額は約5億5000万円に及んだ。
  M-1の代理人を務める田代政弘弁護士は「記事に記載されているような性的行為やそれらを強要した事実はなく、『性加害』に該当するような事実はないということを明確に主張し立証していく」と争点を示している。

  「5億5000万円」という請求額について、名誉毀損訴訟に詳しい高橋裕樹弁護士は「企業や組織の損賠額としてありうる額だが、個人としては異例だ。有名人としてもトップを行く人なので非常に高額といえる。番組出演料やCMスポンサー料などの逸失利益に、違約金と慰謝料を含め、これに弁護士費用の1割を加えた額だろう」と推測する。
  まさに〝最高レベル〟の金額だが「少額の請求だと話が矮小(わいしょう)化されてしまう。スポンサー企業や世間など対外的なPRの意味合いが強いのではないか」とも指摘する。

  果たしてM-1に勝ち目はあるのか。田代弁護士は東京地検特捜部や金融庁証券取引等監視委員会などで汚職疑惑や経済事件などを捜査してきた元検事。特捜部時代に、A氏の資金管理団体をめぐる「陸山会事件」で、虚偽の捜査報告書を作成したとして刑事告発され、不起訴とはなったが、懲戒処分を受けて辞職した〝ヤメ検〟弁護士だ。
  弁護士としては、企業法務などでコンプライアンスやリスクマネジメントの対応、日本プロ野球選手会公認代理人として選手の年俸交渉なども手掛けているという。
  そんな敏腕弁護士をもってしても、今回は泥沼化が予想される。週刊文春編集部は「一連の記事には十分に自信を持っています」とした上で続報も予告するなど全面対決の意向を示しているからだ。
  先の高橋氏は「単なる誹謗(ひぼう)中傷による名誉毀損訴訟ではなく、事実関係の立証もからむため、難しい裁判になる」と見通し、こう続ける。
  「女性が証言台に立たなければ文春側が不利になるが、出てきてもボロを出す可能性もあるので、勝敗の行方は何ともいえない少なくとも1審判決まで1~1年半以上はかかるが、高裁や最高裁まで長引く可能性もある。さらにM-1側が続報分で訴訟を起こした場合、賠償額もさらに増えるだろう」と指摘した。


2024.01.22-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240122-RCQRU6TLQRLBZLDOZBKU6RBBKM/
M-1が文芸春秋を提訴  「週刊文春」の性加害報道巡り

  女性に性的行為を強要したとする「週刊文春」の報道で名誉を毀損されたとして、人気お笑いコンビ「ダウンタウン」のM-1(60)が22日、発行元の文芸春秋を相手に、損害賠償などを求める訴えを起こした。所属する吉本興業が発表した。

  損害賠償と訂正記事による名誉回復を求めている。関係者によると請求額は約5億5千万円で、東京地裁に提訴した。M-1さんの代理人弁護士は、「『性加害』に該当するような事実はないということを明確に立証していく」としている。
  提訴を受け、週刊文春編集部は同誌公式サイトに「一連の記事には十分に自信を持っている。今後も報じるべき事柄があれば報じていく」などとコメントを発表した。
  昨年12月27日発売の「週刊文春」は、Aらが平成27年、東京都内のホテルで複数の女性に性的行為を強要したなどと報道。M-1は今年1月8日「裁判に注力したい」として、芸能活動を当面の間休止することを発表していた。


2024.01.21-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240121-IY5OHOE6MBJJPL33DQBEHVEU5E/
村上佳菜子が婚約発表「ホッとしています」 『シューイチ』スタジオは騒然「本当に!?」

  プロフィギュアスケーター・村上佳菜子(29)が21日、日本テレビ系日曜朝の情報番組『シューイチ』(毎週日曜 前7:30)にVTR出演し、婚約を発表した。

  村上は、今年元日に今月中にも結婚されると報じられ、お相手は年下の実業家で、昨年12月には『週刊文春』で一緒に愛犬を散歩させる姿が掲載されていた。村上の所属事務所はORICON NEWSの取材に対して「いいお付き合いをさせて頂いております」と回答していた。
  今夜の放送の同局系『行列のできる相談所』(後9:00)を告知するためにスタジオからVTRメッセージを寄せた村上は「私、村上佳菜子は結婚することになりました!」といきなり報告。あまりにサラッとした言い方に、MCの中山秀征、コメンテーターの中丸雄一らは「え、本当に!?」「お相手は?」と驚きを隠せなかった。
  それでも村上が「ヒデさん、私結婚することができました。本当にホッとしています。これから頑張りま~す!」と幸せいっぱいに手を振ると、中山は「おめでとう!」と祝福していた。
  村上は2009年JGPファイナルで優勝、10年に世界ジュニア選手権優勝、10年~2011年シーズンGPシリーズアメリカ杯で優勝し、グランプリファイナルでは銅メダルを獲得。13年の全日本選手権で総合2位となり、14年ソチオリンピックに出場した。同年の四大陸選手権で初優勝、世界選手権は5年連続5回目の代表入りを獲得している。17年4月23日に競技生活から引退を表明。現在はプロフィギュアスケーターとして、さまざまなアイスショーで活動している。


2024.01.09-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240109-JXLD6VUTW5DFVOJ4AGUQ2X66TE/
橋下徹氏がM-1さんの法的措置の見解投稿 「週刊誌は慰謝料払っても売れた方が得」

  大阪府知事や大阪市長を務めた弁護士の橋下徹氏が9日、自身のX(旧ツイッター)に女性に性的行為を強要したとする疑惑を一部週刊誌に報じられ、活動休止を発表したお笑いコンビ、ダウンタウンのM-1さんについて投稿した。
  M-1さんは法的措置を検討している。橋下氏は名誉毀損裁判について「仮に名誉毀損になるならやっぱり慰謝料の額を高額にしないとダメですよね。週刊誌や月刊誌の場合には100万円、200万円の慰謝料を払っても売れた方が得ですからガンガン書いてきます」と指摘した。

真実でなくても敗訴の場合あり
  その上で「難しいところは、真実でなくても、『真実相当性』があれば名誉毀損にならない(敗訴する)場合があることなんです」と解説。「真実相当性とは取材をどれだけきっちりやっていたかがポイントになります。ですから、今後裁判でとことん闘うにしても、結果、週刊文春が取材をきっちりやっていたということになれば、たとえ事実無根でも名誉毀損にならない場合があり、その場合、事実無根なのに世間では事実があったと錯覚されるんです。ですから裁判でとことん闘うなら、どこまでが事実でどこからが事実でないのか社会に向けてきっちりと説明する方が得策です」と見解を示した。
  さらに、近年は芸能人のプライバシーが保護される判決の傾向にあるといい、「今回の件が名誉毀損の話だけでなく、プライバシーの側面もあるということに持ち込めば、その部分は上記の真実相当性の論理は適用されません。つまり名誉毀損は認められなくてもプライバシー侵害は認められるということになります。いずれにせよ、たとえ事実無根であっても、真実相当性があれば名誉毀損にならないというところが、今後の裁判の攻防戦になると思います」と今後の展望についてつづった。


2024.01.09-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20240109-3TXJCU4D6BNTFOL46ZEPOSUFWM/
追悼・八代亜紀さん 誰かの気持ちを歌い続けた昭和の大歌手

  昨年12月30日に亡くなった八代亜紀さんは、昭和を代表する大歌手の一人だった。独特のハスキーな声で歌う「舟唄」や「雨の慕情」など哀愁に染まった旋律は、日本人の心の奥底に深くしみこんだ。

  演歌の大御所歌手として記憶している人も多いだろうが、産経新聞の取材に「私は演歌じゃなく、流行歌の歌手」と話したことがある。実際、八代さんの歌の原点は12歳のときに父親が買ってくれた米ジャズ歌手、ジュリー・ロンドンのレコードだという。
  「私が描いた髪の長い女性歌手の絵が、ロンドンに似ていて。それでレコードを買ってきたみたい」と笑っていたが、八代さんは平成24年にジャズのアルバムを発表。翌年、米ニューヨークの有名ジャズクラブでの公演も果たした。
  意外ではなく、まさに原点回帰だったのだ。八代さんは、ジャンルを超えて歌いこなすことができる真の実力派歌手だった。
  歌手になろうと決めたのは、13歳の頃。事業に苦労する父親の姿を見て、「私が一流歌手になって助けよう」と決心したのだという。熊本から上京し、親類宅から音楽学校に通い、やがて東京・銀座のクラブで歌うようになった。当時、クラブ歌手は高収入で、レコードデビューすることには興味がなかったという。
  だが、クラブで働く女性たちから「世の中には悲しい女が大勢いる。あなたの歌声を、そんな女性たちに聴かせたい。レコードを出して全国に届けてほしい」と説得され、レコード会社と契約した。デビュー当初は売れなかった。ギャラを関係者に持ち逃げされるなど苦労もしたが、次第に〝トラック野郎〟たちの間で人気に火がつき、ついに「なみだ恋」(昭和48年)で全国規模での売れに売れその後はヒット曲が絶えなかった


2024.01.09-毎日新聞-https://mainichi.jp/articles/20240109/spp/000/006/025000c
橋下徹氏 M-1めぐり名誉毀損裁判の「難しいところ」を紹介 自身も上海電力報道で訴訟中

  元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏(54)が8日、自身のSNSを更新。お笑いコンビ「ダウンタウン」のM-1(60)が、「当面の間、様々な記事と対峙、裁判に注力」するために一時活動休止を発表したことについて言及した。

  元衆院議員、元宮崎県知事の東国原英夫氏がM-1をめぐり、自身も週刊誌を訴えた経験があることから「損害賠償請求は数億以上にして欲しい。訴訟ドキュメント動画や映画、本の執筆も有り。弘中弁護士か橋下弁護士、あっ!」などとX(旧ツイッター)に投稿した。
  この投稿に橋下氏が反応。「既に弁護士は就いているでしょう。相手方がいる話ですし、真実はこれから裁判によって明らかになるでしょうが、仮に名誉毀損になるならやっぱり慰謝料の額を高額にしないとダメですよね。週刊誌や月刊誌の場合には100万円、200万円の慰謝料を払っても売れた方が得ですからガンガン書いてきます。僕も今、上海電力報道で月刊ハナダ相手に訴訟をやっています」とつづった。
  そして「名誉毀損裁判の難しいところは、真実でなくても(事実無根だったとしても)、『真実相当性』があれば名誉毀損にならない(敗訴)場合があることなんです」と指摘。「真実相当性とは取材をどれだけきっちりやっていたかがポイントになります。ですから、今後裁判でとことん闘うにしても、結果、週刊文春が取材をきっちりやっていたということになれば、たとえ事実無根でも名誉毀損にならない(敗訴)場合があり、その場合、事実無根なのに世間では事実があったと錯覚されるんです。ですから裁判でとことん闘うなら、どこまでが事実でどこからが事実でないのか社会に向けてきっちりと説明する方が得策です」と自身の考えを記した。
  続けて「また近年は公人・準公人(芸能人を含む)であっても、プライバシーは保護される判決の傾向にあります。今回の件が名誉毀損の話だけでなく、プライバシーの側面もあるということに持ち込めば、その部分は上記の真実相当性の論理は適用されません。つまり名誉毀損は認められなくてもプライバシー侵害は認められるということになります」と見解をつづり「いずれにせよ、たとえ事実無根であっても、真実相当性があれば(取材の適切性があれば)名誉毀損にならないというところが、今後の裁判の攻防戦になると思います」とした。

  吉本興業からの発表文では「このたび、M-1から、まずは様々な記事と対峙して、裁判に注力したい旨の申入れがございました。そして、このまま芸能活動を続すれば、さらに多くの関係者や共演者の皆様に多大なご迷惑とご負担をお掛けすることになる一方で、裁判との同時並行ではこれまでのようにお笑いに全力を傾けることができなくなってしまうため、当面の間活動を休止したい旨の強い意志が示されたことから、当社としましても、様々な事情を考慮し、本人の意志を尊重することといたしました」と、活動休止に至る経緯が記されている。

  今回のM-1の発表を受け「週刊文春」(文芸春秋)編集部は「一連の報道には十分に自信を持っており、現在も小誌には情報提供が多数寄せられています。今後も報じるべき事柄があれば、慎重に取材を尽くしたうえで報じてまいります」とコメントを発表した。


2023.12.05-朝日新聞-https://www.asahi.com/articles/ASRD55KCCRD5UCVL00K.html
作家の豊田有恒さん死去、85歳 「宇宙戦艦ヤマト」のSF設定

  テレビアニメの黎明(れいめい)期にシナリオライターとして活躍したSF作家の豊田有恒(とよた・ありつね)さんが11月28日、食道がんのため、東京都内の自宅で死去した。85歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は妻久子(ひさこ)さん。

  1938年、前橋市生まれ。61年「時間砲」で第1回空想科学小説コンテストの佳作に入選し、SF同人誌「宇宙塵(じん)」に参加。63年に「火星で最後の……」が「SFマガジン」に掲載され、作家デビューした。同時期にテレビアニメ「鉄腕アトム」「エイトマン」のシナリオを担当。大ヒットした「宇宙戦艦ヤマト」では、SF設定を手がけた。
  代表作に「ヤマトタケル」シリーズなど。86~87年に日本SF作家クラブ会長を務めた。


2023.11.27-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231127-HFVMOFCM3FIOJLNW5TDD7LLHBA/
南野陽子さん離婚 業務上横領容疑で逮捕の夫と

  静岡市の社会福祉法人「誠心会」を巡る横領事件で夫のB容疑者が逮捕されていた俳優の南野陽子さんは27日、離婚したことを所属事務所を通じて発表した。
  南野さんは「お互いに今向き合うべきことから目を背けることなく、今後の人生を歩んでいきたいと思います」とコメントした。


2023.11.24-毎日新聞-https://mainichi.jp/articles/20231124/k00/00m/040/369000c
伊集院静さん死去 73歳 「大人の流儀」作家、作詞家としても活動

  情感豊かな小説やエッセーなどで知られる作家の伊集院静(いじゅういん・しずか、本名・西山忠来=にしやま・ただき)さんが24日、死去した。73歳妻で女優の篠ひろ子(しの・ひろこ、本名・西山博子=にしやま・ひろこ)さんが同日、発表した。葬儀は近親者で営む。

  1950年、山口県防府市生まれ。プロ野球選手を目指して立教大文学部に入学したが、肘を痛めて断念。卒業後、広告代理店に勤めた後、フリーランスでCMの企画やコンサートの演出などを手がけた。在日韓国人2世で74年に日本国籍を取得。女優で前妻の故夏目雅子さんとは85年に死別した。92年、篠さんと再婚した。
  CMディレクターとして活躍しながら、81年に短編小説「皐月」で作家デビュー。その後、執筆活動に専念し、92年「受け月」で直木賞受賞。瀬戸内の小島にある小学校を舞台にした「機関車先生」では94年の柴田錬三郎賞、また、60年代後半の横浜を舞台に流浪する男たちを描いた「ごろごろ」で2002年に吉川英治文学賞を受賞した。14年には正岡子規と夏目漱石を題材にした評伝小説「ノボさん」で司馬遼太郎賞を受けた。16年に紫綬褒章を受章。
  エッセーの名手でもあり、「大人の流儀」シリーズは発行部数が累計約200万部の大ヒット。ギャンブルや酒など豪放磊落(らいらく)な私生活に裏打ちされた文章が人気を博した。一方、作詞家としても活動し、近藤真彦さんのヒット曲「ギンギラギンにさりげなく」「愚か者」などを手がけた。
  19年の都市対抗野球大会では、伊集院さん作詞、林哲司さん作・編曲の社会人野球の歌「我街(われら)の誇り」が制作され、開会式の入場行進曲として使われた。
  11年から直木賞の選考委員。20年にはくも膜下出血で倒れ、手術を受けた。今年に入り、肝内胆管がんの治療を受けていた。篠さんは24日、報道各社に向けて「最期まで自分の生き方を貫き通した人生でした。強がりを言って誰にも会わずに逝ってしまった主人のわがままをどうかお許しください」とコメントした。


2023.11.21-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231121-S7F5GSASZFJXVLYRLENFFLQQYI/
1500万円横領容疑で南野陽子さん夫ら2人逮捕 社会福祉法人の口座から

  静岡県警は21日、特別養護老人ホームなどを運営する静岡市清水区の社会福祉法人「誠心会」の口座から1500万円を別の会社口座に移したとして、業務上横領容疑で埼玉県新座市、前理事長のA容疑者(43)と東京都中央区、団体職員、B容疑者(52)を逮捕した。B容疑者は、俳優の南野陽子さんの夫で、A容疑者は元警察官という。

  2人の逮捕容疑は、共謀して令和4年10月26日、誠心会の口座から、1500万円を2人が関係する別の会社の口座に送金し、横領したとしている。


2023.11.21-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231121-NV7PEGUPGFFYPOAVTBK6BC5UJE/
A被告 猶予判決確定 「納得いかない」「普通は猶予つかない」違和感コメント続々

  両親の自殺を手助けしたとして、自殺幇助の罪に問われた歌舞伎俳優、A被告(47)懲役3年、執行猶予5年の判決が21日、確定したことを巡り、SNS(交流サイト)では執行猶予など量刑の軽さを指摘する投稿が目立った。A被告が目指す舞台復帰のタイミングは、ファンの複雑な心情との兼ね合いが焦点になりそうだ。

  A被告の判決確定について、X(旧ツイッター)上では「上級国民さまは両親殺しても執行猶予になる」、「納得いかない人がほとんどだろう」「普通の人ならば執行猶予つかないだろう。司法も狂っている」「一般人だと実刑になっているのにこの判決の差はなに?」などと疑問視するコメントが目立っている。
  一方、「亡くなられたご両親を想いながら過ごす日々となるだろう」とA被告を慮った投稿もあった。
  事件はA被告の父親で歌舞伎俳優の市川段四郎(本名・喜熨斗弘之)さん=当時(76)=と母、喜熨斗延子さん=同(75)=が死亡した。A被告は、公判で自身のハラスメント疑惑に関する週刊誌記事が出ることを踏まえ、自殺を考え、両親に打ち明けたところ、両親も一緒に自殺することになったと説明していた。


2023.11.18-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231118-6Y6XPLJXWZOUBJZ7D6D3KFYC74/
羽生結弦さんがSNSで離婚決断を明かす

  フィギュアスケート男子で冬季五輪金メダリストの羽生結弦さん(28)が17日、X(旧ツイッター)で離婚を決断したと明らかにした。

  誹謗中傷やストーカー行為、過熱報道などがあったとし、「相手に幸せであってほしい、制限のない幸せでいてほしいという思いから、離婚するという決断をいたしました」とつづった。
  羽生さんは8月4日に結婚を公表。相手は明らかにしていなかった


2023.11.14-毎日新聞-https://mainichi.jp/articles/20231114/k00/00m/040/316000c
宝塚歌劇団報告書 「落胆と同時に許せぬ」 急死女性の遺族側批判
【宇多川はるか、水津聡子、土居和弘】

  宝塚歌劇団の劇団員の女性(25)が急死した事案で、歌劇団は14日の記者会見で、長時間労働への対応の不備を認めて謝罪はしたものの、「ハラスメントは確認できなかった」などと釈明した。過労とパワハラが原因で自殺したと訴える遺族側は「落胆と同時に許せないという気持ち」と批判。基本的な事実認定や事案への向き合い方について、両者の認識のずれが際立った

  急死した女性の遺族代理人、川人博弁護士は14日夕、東京都内で会見を開いた。上級生からのいじめやパワハラが認められなかったことについて「極めて問題が多く納得できない」と反論。遺族側の心情について「落胆と同時に、許せないという気持ちを持っている」と時折語気を強めた。
  歌劇団が公表した外部の弁護士による調査報告書では、女性が上級生にヘアアイロンを当てられ、額にやけどをした事実を記しながらも故意とは認めなかった。川人弁護士は女性が当時、遺族に送った「やけどさせられた」との内容や痛みを訴えるLINEが報告書に引用されていない点に疑問を呈し、「事実認定として失当。仮に故意性はなくても重過失は明白だ」と断じた。
  その上で、ヘアアイロンの事案で上級生に呼び出されて詰問されたり、今年9月に上級生から「うそつき野郎」などの暴言を受けたりしたことを、パワハラと認定しなかった点にも反論した。「縦の関係を過度に重視する風潮をそのまま容認し、上級生のパワハラ行為を認定しないのは一時代前、二時代前の価値観に基づく思考だ」と指摘した。遺族側は今後、歌劇団と運営する阪急電鉄に対し、改めて意見書を提出し、事実認定やパワハラの認識について今月末までに交渉するという。
組織見直し 抽象的な答えの理事長
  一方、兵庫県宝塚市内のホテルで開かれた宝塚歌劇団の会見の冒頭、木場健之(こば・けんし)理事長は「謹んで哀悼の意を表します。ご遺族の大切なご家族を守れず、心より深くおわびします」と陳謝。出席した歌劇団側の3人は十数秒間、深々と頭を下げた。
  木場理事長は自ら12月1日付での辞任を表明し、年間の興行数を9から8に減らすなどの対応策も掲げたしかし、遺族側が主張する上級生らによるパワハラについては「伝聞情報しかない」などと存在を認めず、目撃したことも「ない」と説明した。外部の弁護士9人により、女性が所属していた宙(そら)組の劇団員62人や木場理事長ら役職員7人、遺族らをヒアリングしたが、宙組の劇団員4人は辞退したことを明らかにした。調査が尽くされたわけではない
  体制の見直しについて、伝統を壊すほどの本気度があるかと問われた木場理事長「そうしなければならない。かなり今回のことは危機的状況で、強い危機感をもって取り組んでいる」と決意を述べた。
  しかし、組織の風土を根本から見直そうとする姿勢はうかがえなかった。宝塚音楽学校から続く上下関係や閉鎖的な体質について問われると「(初演から)109年にわたり上級生から下級生に伝統を継承してきた。出演者でないと分からない部分もあり、事務サイドとして詳細を承知していなかった。伝え方は時代に応じて非効率、適切でない部分もあるかもしれない。生徒と話し合い、より負荷がかからないやり方を考えたい」と、答えは抽象的だった。雇用契約ではなく、フリーランスとしての業務委託契約だったことの影響を問われても、歌劇団側は「適切だったか、専門家と相談して対応を考えたい」と明言を避けた。
  「出直し」への期待もある。宝塚市内の老舗菓子店の70代女性は、夜遅くに稽古(けいこ)から帰る劇団員たちの姿を見てきたといい「声をかけても、『元気です』というばかりで、泣き言を言わなかった。今後は少しでも休みや余裕ができる体制になってほしい。正すべきところは正し、新しい出発をしてほしい」と期待を込めた。【宇多川はるか、水津聡子、土居和弘】

宝塚歌劇団宙(そら)組
  1998年に発足した宝塚歌劇団5番目の組33年にできた星組以来、65年ぶりに新設された。東京宝塚劇場の建て替え(2001年)により、東京での通年公演が可能になったことなどが理由。名称は公募を経て決めた。初代トップコンビは姿月(しづき)あさとさん、花總(はなふさ)まりさん。歴代トップスターに和央(わお)ようかさん、貴城(たかしろ)けいさん、大和悠河(やまと・ゆうが)さんらがいる。現在の芹香斗亜(せりか・とあ)さん、春乃さくらさんのトップコンビは23年6月に就任した。


2023.11.13-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231113-IFW4XOZ6ONKVHLXO2QF5F5J6D4/
中村獅童さん、3歳次男の障害公表 「役者にとっては武器」

  歌舞伎俳優の中村獅童さん(51)は13日、東京・歌舞伎座「十二月大歌舞伎」第一部「今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)」の取材会で、同作で初お目見えする次男、夏幹ちゃん(3)の両手指に障害があることを明らかにし「同じような境遇の方の光になってくれればうれしい。一つの個性として受け入れられる世の中であってほしい」と語った。

  歌舞伎出演は夏幹ちゃん本人の希望だったという。獅童さんは「同情はしてほしくない」と強調。「彼にしか分からない悲しみを味わうかもしれないけど、役者にとっては武器。歌舞伎で強力な、個性的なライバルが出てきた」と話した。
  夏幹ちゃんは共演する兄の陽喜ちゃん(5)とともに取材会に登場。「よろしくお願いします」とあいさつし、見えも披露した。出演作はバーチャル歌手の初音ミクと歌舞伎俳優が共演する「超歌舞伎」で、歌舞伎座での上演は初めて。


2023.11.13-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231113-AC6UY56CF5CVBBN4BZBG6WSKQM/
紅白初出場に顔出しNGが続々 究極の生命体に「Ado」、イラストアイドル「すとぷり」

  NHKは13日、大みそかに放送される「第74回NHK紅白歌合戦」の出場歌手を発表。初出場の歌手による会見がNHKホールで行われ、ロックバンド「MAN WITH A MISSION」らが登場した。

  「MAN WITH A MISSION」は、頭はオオカミ、身体は人間という〝究極の生命体〟5匹からなるロックバンド。平成22年にデビューし、その奇抜なビジュアルと骨太なロックサウンドが国内外で人気を得て、26年には全米デビューも果たしている。
  初出場には、ほかにも「顔出しNG」の歌手が目に付く。
  白組で初出場する「すとぷり」は、動画配信サイトで活躍中の6人組エンタメアイドルユニット。10代を中心に人気で、28年の結成以来、ライブやイベントを除いては、イラストキャラクターを用いて活動。テレビでは、ぬいぐるみなどで顔を隠して出演している。
  紅組の「Ado」も初出場となる。昨年の紅白は映画「ONE PIECE FILM RED」のキャラクターである「ウタ」として「新時代」を歌唱した。今回は顔出しを含め、どのような形で登場するのか注目を集める。
  令和3年の紅白では、メディアに出演する際はマスクを欠かさなかった「まふまふ」が顔出しでテレビ初歌唱。2年の特別枠で出演した覆面の男性4人組グループ「GReeeeN」は、拡張現実(AR)を使った演出で登場し、話題となった。


2023.11.13-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231113-VFETUT2J6BOVXPK343QREY6XZU/
紅白に旧ジャニーズ事務所ゼロは44年ぶり 初出場はAdoさんら

  NHKは13日、大みそかに放送される第74回NHK紅白歌合戦の出場歌手を発表した。紅白計44組が出演し、紅組ではAdoさん、伊藤蘭さんら5組、白組では大泉洋さん、「MAN WITH A MISSION」ら8組が初出場する。最多出場は、紅組の石川さゆりさんで46回目。一方で、故ジャニー喜多川元社長による性加害問題で揺れるSMILE―UP.(旧ジャニーズ事務所)所属グループの出場はなかった。旧ジャニーズ勢不在の紅白は昭和54年以来、44年ぶり。
  NHKは旧ジャニーズ事務所について「被害者の救済・補償と再発防止が着実に実施されるまでは、所属タレントと新規の番組契約は行わない」方針を決めており、現時点での出場はゼロという結果になった。今後発表される企画枠などでの出場の有無が注目される。
  紅白歌合戦は大みそかの午後7時20分から、総合テレビ、BS4K、BS8K、ラジオ第1で放送する。司会はタレントの有吉弘行さん、女優の橋本環奈さん、浜辺美波さん、NHKの高瀬耕造アナウンサー。


2023.11.09-読売新聞-https://www.yomiuri.co.jp/national/20231109-OYT1T50136/
[追悼抄]プロレスラーのテリー・ファンクさん8月23日死去判明、79歳…死闘数々・技受ける美学
(東京本社編集委員 祐成秀樹)

  「ブッチャーがフォークを力いっぱいテリー・ファンクの右腕に刺しこみます。(ザ・シークが)凶器でえぐりぬきます」
  1977年の世界オープンタッグ選手権最終戦。テリーさんは兄のドリー・ファンク・ジュニアさんとともにブッチャー、ザ・シーク組と対決した。実況中継を担当した元日本テレビアナウンサーの倉持隆夫さん(82)は振り返る。「僕らは言葉を選んで的確に描写することが使命ですが、すごすぎてどう表現していいか分からなくなりました」
  「地上最悪コンビ」の猛攻でテリーさんは大流血したものの、左のパンチで反撃して逆転勝利。観客は熱狂した。「テリーは革命児。プロレスをいろいろと変えました」と倉持さん。激しい攻撃に耐えて勇敢に立ち向かうテリーさんの人気は爆発した。プロレスは草創期から日本人と外国人の対決が主流だったが、外国人同士の対決も目玉になった。記者が通った小、中学校ではテリー対ブッチャーのプロレスごっこが定番に。会場では若い女性がチアリーダー姿で応援した。

  70年に初来日。72年にジャイアント馬場さんが設立した全日本プロレスに何度も参戦した。オーソドックスな試合が出来る実力者でもあり75年に当時最高峰とされたNWA世界ヘビー級王座を獲得。後進育成にも熱心で「弟分」だという大仁田厚さん(66)は若き日、テリーさんが営む米テキサス州の牧場の仕事を手伝いながらプロレス修業をした。「テリーは広大な草原で育ったカウボーイ。テキサスにいることがトレーニングなんですよ。裏表のない気さくな人でした」
  印象的な言葉ももらった。「プロレスは受けの美学だ。人の技を受けて受けて受けまくって、そこからはい上がれるかどうかでレスラーの力量が決まるんだ」 その言葉を身をもって示した。例えば、93年に川崎球場で大仁田さんと行った「ノーロープ有刺鉄線電流爆破超大型時限爆弾デスマッチ」。ロープの代わりに爆弾をつるした有刺鉄線を張ったリングで戦う危険な試合だ。オファーするとテリーさんは快諾した。「彼は何にでも興味がある。自分の形を崩すところから始める。その遺伝子が僕の中にあります」。試合中、テリーさんは2回も鉄線に激突して最後は大仁田さんの得意技を受けて倒れた。「僕がテリーから学んだのは技ではなく、プロレスラーのハートとプライドです」
  近年は認知症を患ったと報じられた。大仁田さんにとっては昨年、電話で話したのが、最後の会話になった。「大きな声で『何で俺を日本に呼ばないんだ』などと言う。あのテリー・ファンクがよみがえったみたいな話し方でした」。生涯プロレスラーであり続けたのだ。(東京本社編集委員 祐成秀樹)


2023.11.10-毎日新聞-https://mainichi.jp/articles/20231110/k00/00m/040/203000c
宝塚歌劇団女性急死、遺族「極度の過労状態においた」 謝罪求める
【宇多川はるか、奥山はるな】【松室花実】

  宝塚歌劇団の劇団員の女性(25)が9月末に急死した事案で、遺族は10日、「常軌を逸した長時間労働により、娘を極度の過労状態におきながら、見て見ぬふりをしてきた」とのコメントを発表した。遺族側は女性が自殺したとし、歌劇団と運営元の阪急電鉄に対し、実態把握と謝罪を求めている。

  厚生労働省で記者会見した遺族代理人の川人博弁護士によると、女性は入団7年目の劇団員で、宙(そら)組に所属。今年度に入り、新人公演に出演する下級生を取りまとめる役割となった。 
  9月末に予定していた宙組の「本公演」と10月中旬の「新人公演」に向け、8月中旬から約1カ月半、6日間の休日も公演準備に費やし、実質的に休日なしとなった。睡眠時間は3時間程度の日々が続き、9月の業務時間は1日約16時間に達した。さらに、上級生から「下級生の失敗は、すべてあんたのせいや」「マインドがないのか」「うそつき野郎」などの暴言によるパワハラもあったという。
  劇団員と歌劇団は業務委託契約を結んでいるが、出演などに関して契約書には「劇団の方針に従わなければならない」とされていた。このため遺族側は労使関係が成立するとし、「歌劇団に安全配慮義務違反があった」と主張している。
  女性の両親と妹は「遺族の訴え」と題したコメントを発表。「くりくり動く大きな瞳も、柔らかい頰も、いとおしい声も、何もかも私たちから奪われてしまいました」とつづり、「『自分のことだけを考えなさい』と強く言って辞めさせるべきでした。なぜそう言ってやらなかったのか、どれだけ後悔してもしきれません」と心情を吐露した。
  女性の急死を巡っては、歌劇団が10月、死亡に至った背景を調べるため、第三者の調査チームを設置。調査に時間を要するとして、同月1日から今月5日にかけて、上演を予定していた宝塚大劇場の宙組公演の全日程を中止していた。【宇多川はるか、奥山はるな】
宝塚歌劇団「誠実に対応していく」
  宝塚歌劇団の劇団員の女性(25)が9月末に急死した事案で、遺族の代理人が謝罪を求めて記者会見したことを受け、宝塚歌劇団の広報担当者は10日、毎日新聞の取材に応じ「大変重く受け止めており、ご遺族に対して誠実に対応していきたい。今後、外部の弁護士による調査結果を踏まえて、真摯(しんし)に対応していく」と話した。【松室花実】


2023.10.31-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231031/k10014243131000.html
吉田沙保里さん SNSで謝罪 兄が体罰による指導者資格停止処分

  レスリングでオリンピックを3連覇した吉田沙保里さんの兄の栄利さんが子どもに体罰をしたなどとして、日本レスリング協会から2年間の指導者資格停止処分を受けていたことについて、吉田さんは、自身のSNSで謝罪のコメントを出しました。

  レスリング女子でオリンピックを3連覇した吉田さんの兄の栄利さんはみずからが指導している津市のレスリング教室で数年前、子どもに体罰をしたなどとして日本レスリング協会から2年間の指導者資格停止処分を受けています。
  これについて、吉田さんは30日夜、旧ツイッターのXで謝罪のコメントを出しました。この中で、吉田さんは「兄の愚行により、傷を負われたご本人とご家族の方々に深くお詫び申し上げます。いかなる理由があっても暴力行為は決して許されるものではなく、兄に対しても今回の処分は当然のことと重く受け止め、指導者として真摯(しんし)に反省することを強く申し伝えております」としています。
  そのうえで「今後は二度とこのようなことがないよう私自身もしっかり注視しながら、今まで以上に誠心誠意努力して頑張っていく所存ですので、これからもご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします」とコメントしています。


2023.10.30-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231030/k10014241791000.html
【会見ノーカットで】囲碁 仲邑菫 女流棋聖 韓国棋院へ移籍

  囲碁のプロ棋士で女流タイトル獲得の最年少記録を持つ仲邑菫女流棋聖(14)が、2024年韓国棋院への移籍が決まったことを受けて30日、東京の日本棋院で会見を開き「より高いレベルの環境で勉強することが、今の私には必要だと思った」と移籍の理由を語りました。

仲邑菫 女流棋聖 “より高いレベルの環境で勉強が必要”
  女流タイトル獲得の最年少記録を持つ仲邑菫女流棋聖は、現在、14歳。中学3年生です。
  10月26日に開かれた韓国棋院の理事会で、プロ試験を経ずに所属できる「客員棋士」としての受け入れが承認されたため、2024年3月から韓国で対局することになり、日本の公式戦などには原則、出場できなくなります。
  これを受けて、30日仲邑女流棋聖が会見を開き、はじめに花束の贈呈が行われました。
  仲邑さんは韓国棋院への移籍について2023年6月ごろから考え始めたことを明かしました。

(仲邑菫女流棋聖)
  「より高いレベルの環境で勉強することが、今の私には必要だと思い、決断に至りました。韓国は国際戦を重視していて、強い棋士も対局数も多くて常に緊張感があるので、強くなることにつながると思いました」
  また、当時、史上最年少となる10歳0か月でプロ棋士になってから活躍したこの4年間について「いろいろなことを経験させていただき、内容が濃かったです。成長できたし、大切な時間だったかなと思います」と振り返りました。
  韓国棋院に移籍したあとどんな棋士になりたいかと尋ねられると、「強くなって尊敬される棋士になりたいです」と語り、トップ棋士が集う韓国囲碁リーグに出場することを目標に掲げていました。
  そして、日本の囲碁ファンに向けて、「これからも変わらずに応援していただけたらうれしいです」と呼びかけていました。
  仲邑さんは、2024年2月までは日本棋院で出場資格のある公式戦には出場し、自身が持つ「女流棋聖」のタイトルの防衛戦に臨んだあと、3月から韓国棋院に所属するということです
仲邑菫女流棋聖 これまでの歩み
  仲邑菫女流棋聖(14)はプロ棋士で父親の仲邑信也九段の指導のもと、3歳から囲碁を始めました。
 7歳からたびたび韓国へ
   7歳から強豪国・韓国をたびたび訪れ、現地の囲碁道場で同年代の棋士と対局したり、現地のプロ棋士から指導を受けたりして実力を磨き、一時は家族で現地に引っ越して韓国棋院でのプロ入りも視野に活動していました。
 2019年 史上最年少10歳0か月でプロ棋士に
   その後、日本に帰国し、2019年に、日本棋院が中国や韓国に対抗できるトップ棋士を育成するため新たに設けた推薦枠に選ばれたことから、当時としては、史上最年少となる10歳0か月でプロ棋士になりました。
 2021年3月 12歳0か月で「二段」に昇段
   プロ入り後も公式戦で順調に勝ち星を重ね、2021年3月には12歳0か月で「二段」に昇段して、二段昇段の最年少記録を53年ぶりに更新したほか、去年は(2022)「女流名人戦」のリーグ戦を勝ち上がり、史上最年少の13歳1か月で女流タイトルの挑戦者になりました。
 2023年2月 史上最年少でタイトル獲得
   そして、2023年2月には、女流タイトル戦の一つ、「女流棋聖戦」を制して史上最年少でのタイトル獲得を果たすなど、数々の最年少記録を塗り替えてきました。プロ入りのときから掲げていた、中学生のうちにタイトルを獲得するという目標も達成し、今後の活躍が注目されていました。
「夢を見ていいのではと思い 送り出すことに」日本棋院理事長
  仲邑女流棋聖の移籍について、日本棋院の小林覚理事長が報道陣の取材に応じ、「日本で活躍している棋士が海外に出るのはファンもさみしがるが、仲邑さんはそれに値する努力と実績がある。もっと夢を見ていいのではと思い、送り出すことにしました」と語りました。
  そのうえで、今後、日本棋院所属の棋士が海外へ移籍を希望した場合の対応について問われると、「現状、しっかりしたルールはないので、今後作っていかなければいけないし、海外から棋士を受け入れることも考えないといけない」という認識を示しました。
  そして、当時としては史上最年少のプロ棋士として採用した仲邑女流棋聖のこれまでの活躍について、「本人が努力して勝手に強くなったと思う。期待を裏切らずに頑張っていただき、感謝しています」と述べねぎらっていました。
韓国プロ棋士協会会長「橋渡しのような存在に」
  仲邑菫女流棋聖が韓国棋院に移籍することが決まったことに関連し、韓国の通信社・連合ニュースは「日本が誇る囲碁の天才の移籍が決まった」と報じました
  また、仲邑女流棋聖が韓国をたびたび訪れて実力を磨いてきたことを紹介した上で、韓国の棋士と熱い対局を繰り広げることが期待されるとしています。
  韓国プロ棋士協会のハン・ジョンジン会長は、NHKの取材に対して「これからさらに立派に成長する棋士だ。目標に向けて努力し、両国囲碁界の成長に資する橋渡しのような存在になってほしい」と話していました。


2023.10,24-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231024-TVF3JQHGMRPLFDNXF3PROGZFQA/
BUCK―TICKのボーカル、桜井敦司さんが死去 57歳

  人気ロックバンド「BUCK―TICK(バクチク)」のボーカリスト、桜井敦司(さくらい・あつし)さんが19日午後、脳幹出血のため死去した。57歳。葬儀は近親者で行った。

  関係者によると同日、横浜市内で公演中に体調不良を訴え病院に搬送されていた。
  BUCK―TICKは、昭和62年にデビューした5人組のロックバンド。「悪の華」などのヒット曲があり、ビジュアル系と呼ばれる後進のバンドなどに大きな影響を与えた。メンバーが入れ替わることもなく長く活動してきた。


2023.10.23-毎日新聞-https://mainichi.jp/articles/20231023/spp/000/006/004000c
もんたよしのりさん急死 大動脈解離とは 石原裕次郎さん、加藤茶らも発症

  大動脈解離とは、大動脈の内壁に亀裂が入り裂ける病気本来流れていない場所に血液が入り込み、胸や背中に激しい痛みが走る大動脈剥離とも呼ばれ、循環器疾患による突然死としては心筋梗塞に次いで多いとされる解離が起きて2週間以内の時期を「急性大動脈解離」と呼ぶ。放置すると死に至ることもある非常に危険な病気だ。原因の多くは高血圧によって動脈の壁が劣化することといわれている。突然発症する場合が多い

  石原裕次郎さんは1981年に46歳で発症。生存率3%という手術の末に生還した。タレントの加藤茶(80)も06年に63歳で発症し、大手術で奇跡的に一命を取り留めたことが話題になった。
  最近では21年、人気漫画「ベルセルク」の作者三浦建太郎さんが54歳で急性大動脈解離で死去。落語家でタレントの笑福亭笑瓶さんは15年12月に千葉県のゴルフ場で大動脈解離で倒れ、緊急搬送された。この時は一命を取り留めたが、今年2月に急性大動脈解離のため66歳で死去した。


2023.10.20-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231020-3BKPYEUJVRNJPKRNWRFWZKUP7Y/
四代目A被告に懲役3年を求刑

  両親に向精神薬を服用させ、自殺を手助けしたとして、自殺幇助(ほうじょ)罪に問われた歌舞伎俳優の四代目A被告(47)の初公判で20日、検察側は懲役3年を求刑した。


2023.10.17-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231016/k10014226661000.html
谷村新司さん死去 74歳 「冬の稲妻」「昴」など数々のヒット曲

  冬の稲妻」や「昴」など数々のヒット曲で知られ長年、歌謡界をけん引してきたシンガーソングライターの谷村新司さんが今月8日、亡くなりました。74歳でした。

  谷村新司さんは大阪府出身で、1972年にバンド「アリス」でデビューしました。“チンペイさん”の愛称で親しまれ、堀内孝雄さんらとともに力強いボーカルで「チャンピオン」や「冬の稲妻」などヒット曲を次々と発表しました。またシンガーソングライターとして「昴」など長く歌い継がれる名曲を生み出したほか、「いい日旅立ち」を山口百恵さんに提供するなど長年、日本の歌謡界を牽引してきました。
  また、谷村さんは、中国・上海にある音楽学院で教授を務めたこともあり、中国で人気の日本人歌手として知られていて、2017年には上海で日中国交正常化45年を記念したコンサートを開いています。代表曲の「昴」は中国語でもカバーされるなど広く親しまれているということです。
  2015年には日本だけでなく広くアジアに受け入れられる作品を数多く生み出し、芸術文化の発展に貢献したことが評価され紫綬褒章を受章しています。
  事務所のホームページによりますと谷村さんは、ことし3月に腸炎のため手術を受け、予定されていたアリスの全国ツアーを延期して、療養していましたが、今月8日、亡くなりました。葬儀は15日近親者で執り行われたということで、事務所では後日、しのぶ場を設けたいとしています。
イルカさん「谷村さんの歌には国境を越える力」
  谷村さんと公私ともに親交が深かったシンガーソングライターのイルカさんは、谷村さんの音楽について「『音楽でつながろう』という強い思いがあったと思います。『昴』の歌詞でも歴史や文学など谷村さんが持つインテリジェンスが詰まっていました。普遍的なものを歌っているからこそ谷村さんの歌には国境を越える力があり、幅広い国の人たちから愛されたのだと思います」と話しました。
  また、谷村さんの人柄について「いつでもおだやかで、そして学者のように博学な人でいろいろな話を聞かせてくれました。また夫を早く亡くした私によく『大丈夫か』と声をかけてくれるお兄ちゃんのような人でした。亡くなったことは本当に残念です」と振り返っていました。そして、「体調が悪いとお聞きしていたので、手紙を書こうか迷っていましたが、必ず復帰すると信じていたので結局、出さずにいました。これからも谷村さんの歌を歌っていきたいと思います」と死を悼んでいました。
「チャンピオン」のモデル カシアス内藤さん「人生の支えに」
  谷村新司さんが亡くなったことについて、アリスの代表曲の1つ、「チャンピオン」のモデルとして知られる元プロボクサーのカシアス内藤さんが取材に応じました。
  内藤さんによりますと、「チャンピオン」は、曲の発表後に自分をモデルに作られたことを知ったということで、谷村さんからも「君の歌だから自分でアレンジして歌っていいよ」と言われたそうですが、「恥ずかしくて人前では歌えなかった」と明かしました。
  内藤さんは現役を引退後、がんで余命3か月と診断されましたが、今度は逆に、「チャンピオン」で救われたと話し、「この歌は、活力を与えてくれています。人生の支えになった歌です」と話しました。最後に、谷村さんへの思いを聞いたところ、「もう一度会えるとしたら谷村さんの前で歌いたい。感謝しかないです」と話し別れを悲しんでいました。
母校 桃山学院大 中野学長「谷村さんのスピリット学生たちに」
  谷村新司さんの母校、大阪の桃山学院大学からも悼む声が上がっています。大学によりますと、谷村さんは1967年に桃山学院大学に入学して、在学中の1971年にアリスを結成し、在学中から活躍していました。
  2016年には大学から名誉博士学位を授与されていて、大学で学生に向けたコンサートも行ったということです。この間の1994年、谷村さんは母校のために「WILL」というキャンパスソングを作詞作曲し、贈っていました。大学ではいまも式典などでこの歌を流しているということです。歌詞には「他人の為に生きるもいい自分の為に生きるもいい大事なことは自分らしく生きる!そう思わないか君はそう思わないか」と学生たちへのメッセージが盛り込まれています。
  桃山学院大学の中野瑞彦学長は「谷村さんの歌詞には、自分に素直に生きていこうという本学の精神が反映されていると思う。長い人生を考える上で貴重なメッセージを残してくれていて、もし可能であればもう一度、大学で学生たちのために歌を聴かせてもらいたかった。谷村さんが残してくれたスピリットを学生たちにこれからも伝えていきたい」と話していました。
センバツ高校野球の大会歌 作曲手がける
  谷村新司さんは長年親しまれているセンバツ高校野球の大会歌「今ありて」の作曲を手がけました。1993年に発表されたセンバツ高校野球の大会歌「今ありて」は、作曲を谷村さん、作詞を阿久悠さんが手がけました。「ああ、甲子園」という歌詞の部分のメロディーが印象的で、長年、高校球児や高校野球ファンに親しまれてきました。
  2008年に行われた80回の記念大会では、開会式に先だって、谷村さんが地元の高校の生徒や卒業生とともに甲子園に歌声を響かせました。また、2018年に行われた90回の記念大会では開会式の入場行進曲に選ばれ、当時、谷村さんは「ドキドキしながら高ぶってくるというようなメロディーをつけたいなというのがまず頭に浮かんだ。『ああ甲子園』というところを歌う時にみんなの気持ちがひとつになったらいいなというイメージで、自分で1人でギターを弾いて歌いながら、何回も何回も歌った」と曲への思いなどについて語っていました。
谷村さんと一緒に歌った当時高校生の女性 心境話す
  谷村新司さんは作曲を手がけた春のセンバツ高校野球の大会歌「今ありて」を15年前の80回記念大会の際に甲子園球場で高校生などと歌いました。当時、高校1年生で一緒に歌った女性は「思い出に残るよい経験をさせてもらいました。亡くなった知らせを聞いて驚くとともに悲しいです」と心境を話しました。春のセンバツ高校野球の開会式では、1955年から神戸市の神戸山手女子高校の生徒たちが大会歌を合唱していて、1993年からは谷村さんが作曲した「今ありて」を甲子園球場で披露しています。このうち2008年に行われた80回の記念大会の開会式に先だって、谷村さんが神戸山手女子高校の生徒や卒業生とともに歌いました。
  当時、高校1年生で現在は母校で音楽の先生をしている上田美幸さん(31)は「亡くなった知らせを聞いて、驚くとともに悲しいです」と心境を語りました。甲子園球場で大会歌を歌ったことについては「本当に思い出に残るよい経験をさせてもらいました。記念大会なので、谷村さんと同じジャケットを着て歌えたことがうれしかったです。作曲者と歌える機会はなかなかないので、すごく光栄でした」と振り返りました。上田さんは学校で大会歌の指導にもあたっていて「私の経験も伝えながら、今の生徒が高校球児にエールを送りつつ、作曲者の谷村さんのことを思って歌えるように指導していきたいです」と話していました。学校には、2002年に谷村さんから送られたサインが保管されているということです。
歌を通し 福島の復興支援に携わる
  谷村新司さんは、東日本大震災からの復興や原発事故による風評の払拭を目指す福島の姿を伝える歌の作詞・作曲を手がけるなど、歌を通して福島の復興支援に携わってきました。福島県の依頼で谷村さんが作詞・作曲した「雲のかなた」は2017年に公開されました。歌詞のベースになったのは「ふくしまへの想い」をテーマに県が全国から募集した作文で、谷村さんは、800を超える作文に目を通し創作のイメージを高めたと語っていました。
  歌詞は「10年後に空を見上げる私を思い描こう」で始まり、2番は「通いなれたあの道端に咲いている花忘れない」などの表現に震災による津波や原発事故でふるさとを離れた人々の心情を重ねています。また、曲調が大きく展開する部分は「未来図は見上げる蒼い空」という歌詞で、福島の明るい未来を願う谷村さんの思いが込められています。
  郡山市の日本大学東北高校合唱部がこの歌を歌い、福島県の公式YouTubeチャンネルで公開されました。歌の完成直後、谷村さんはインタビューで「前を向いてみんなが『ようし、頑張ろう』と10年後の自分をイメージできる歌にしたかった。福島の今や過去を歌で伝える役割を担う、そんな歌でありたいと思ってできあがった歌です」と話していました。
長年 中国との音楽交流に力を注ぐ
  谷村新司さんは、1981年、日中国交正常化から10年を前に北京で開かれた交流コンサートに「アリス」として参加したのをきっかけに長年、中国との音楽交流に力を注いできました。日本と中国でたびたびコンサートを開いてきたほか新型肺炎の「SARS」が流行したときには支援を呼びかけて寄付を行いました。
  2004年には上海音楽院の教授に  2007年には南京芸術学院の教授に就任していて、最近では2017年に中国・上海で日中国交正常化から45年を記念したコンサートを開くなど中国で人気の日本人歌手として知られています。
  代表曲の「昴」は中国語でもカバーされるなど広く親しまれているということです。
アリスの全国ツアー延期し早期復帰望まれる中 死去
  谷村さんはアリスの全国ツアーが始まる直前に急性腸炎になり、ツアーを来年に延期して早期の復帰が望まれる中で亡くなりました。1972年にデビューしたアリスは、活動10年のタイミングでいったん活動を休止しましたが、メンバー3人が還暦を迎えたのを機に2009年、本格的な活動再開を発表し、ファンを喜ばせました。
  この年には紅白歌合戦にも出場し「チャンピオン」を歌い、往年の人気バンドの復活をアピールしました。そしてことし6月からは全国21か所を回る大規模なツアーが予定されていました。しかし、ツアー直前のことし3月、谷村さんが急性腸炎となり、手術を受けたため、年内は療養することが発表されていました。
  全国ツアーも来年に延期されることとなり、谷村さんは、早期の回復が望まれる中で亡くなりました。
堀内孝雄さん「ずっと一緒に音楽活動ができたことが幸せ」
  谷村新司さんの訃報を受けて、堀内孝雄さんがコメントを発表しました。-この中で「突然の別れに驚きを隠せません。来年のツアーに向けて回復に向かっていると伺っていただけに、とても残念です。僕にとってのチンペイさんは、50年来の親友であり、『アリス』のリーダーであり、そして良きライバルでした。学生時代に、『プロにならないか?一緒にアリスをやろう』と、誘ってくれたとき、心の底からうれしかった。チンペイさんが、あの時誘ってくれなかったら、今の僕はありません。ずっと一緒に音楽活動ができたことが幸せでした。また、いつか空のほとりで一緒にライブをやろうね。もうちょっと待っていてね、キンちゃんと、もう少しだけ頑張るね。心から、ありがとう。安らかに。ご冥福をお祈り申し上げます」とつづりました。
矢沢透さん「時には抱き合い幾多の苦難も喜びも共有」
  矢沢透さんがコメントを出しました。-この中で矢沢さんは「東京に住む僕と大阪に住む谷村と、何の因果か運命の出会いか堀内を紹介され3人アリスとして歩み始めました。時にはいがみ合い、時には抱き合い幾多の苦難も喜びも共有し、無我夢中で駆け抜けた。そして気が付けば51年という長きにわたって谷村と関わるとは・・・あの日からは想像もしませんでした」としています。
  そして「若さの灰汁も抜け『これからは本当に音楽を楽しんでやっていこうね』と新しいアリスの始まりに胸躍らせていた矢先のことでした。谷村なら大丈夫、谷村ならきっと戻ってくる、根拠のない確信めいたものを感じておりました。でも谷村は戻ってきませんでした!もういないんです。悲しいというよりも悔しいんです。谷村はもう僕たちのみんなの心の中にしか住む場所がないのです。思い出せば必ず胸にやってきます、どうか谷村を忘れないで下さい。今まで谷村をアリスを応援してくださってありがとうございました」とつづっています。
清水アキラさん「力が抜けてしまった」
  テレビ番組などで谷村新司さんのものまねを披露していたタレントの清水アキラさんは自身のブログで「爽やかな風、まっ青な空に雲、素晴らしい天気。そんな中、飛び込んだ谷村新司さんの訃報。力が抜けてしまった。ご冥福をお祈り致します」と心境をつづっています。
加山雄三さん「永遠の『サライ』を谷村くんと共に」
  谷村新司さんとともに「サライ」などの楽曲を制作した歌手の加山雄三さんが「谷村新司君の訃報に接して」というタイトルで自身のウェブサイトでコメントを発表しました。その中で加山さんは「谷村君が亡くなったこと、先ほど知りました。ショックと悲しみで正直混乱しています。ちんぺいとは『サライ』をはじめたくさんの思い出があります。ヤンチャーズ楽しかったよな。たくさんの場所で一緒に歌ったよな!陶芸に誘ってくれた兄弟子でもあるし、いつもちんぺいには『加山さん勝負じゃないんだから!』って言われてたっけ。ほんとの兄弟のように慕ってくれて一緒にいる時は本当にいつも楽しかったよ。その兄想いの弟が先に逝ってしまった今、気持ちをまとめてくれと言われても、彼に伝えたいことはたくさんあって、言い切れないよ。一言だけ彼に伝えるなら、やっぱり『ありがとう』この感謝の言葉しか見当たりません。永遠の『サライ』を谷村くんと共に…」とつづっています。また、コメントには去年谷村さんと共演したテレビ番組の控え室で、一緒に撮影した写真も添えられています。
さだまさしさん「俺は信じない」
  谷村さんと親交が深かったさだまさしさんは、自身のインスタグラムでコメントを発表しました。さださんのコメントは次の通りです。-「いやいや、俺は信じない。何度か電話してもでないから、どっか旅にでも出たに決まってる。出会ったのは51年前。デビューしたてのアリスが長崎にキャンペーンでやって来た。以来、兄貴の如く仲良くしてもらった。甲子園や後楽園で野球の試合もした。静岡では一緒に飲み歩いた。長崎でも、武道館でも、あっちこっちでも一緒に歌った。最近ゆっくり会ってないけど、ホテルニューオータニ大阪のディナーショーは、いつも一日違いだったから、毎年必ず会えた。思い出したらキリがない。春に入院したとき慌てて電話したら『大丈夫、大したことないのよ』って言ってたじゃん。八月の終わりと九月の半ばに電話したけど、いつもなら必ず折り返してくれるのに返事がなかったけどね。一言も、なにも言わずにいなくなりましたって?いやいや、俺は信じない。うん。信じない」
研ナオコさん「74歳まだまだ歌いたかったと思います」
  谷村新司さんの訃報について、谷村さんから楽曲の提供を受けたことがある研ナオコさんはNHKの取材に対し、コメントを寄せました。-その中では、「本当に驚きです。信じられません。1992年に『悲しい女』と言う曲を作っていただきました。4年前にアリスの復活コンサートを武道館に観に行き、打ち上げまで呼んでいただき、デビューしたころの楽しいお話しさせていただきました。それが最後になってしまいました。74歳まだまだ歌いたかったと思います。お疲れ様でした。ご冥福をお祈りいたします」としています。
事務所「皆さまの心にいつまでも残る事を願って心よりの感謝」
  谷村新司さんの訃報を受けて所属していた事務所がホームページにコメントを出しました。-コメントでは「本人も回復に向けて頑張っておりましたので本当に残念に思います。葬儀は近親者のみにて10月15日に執り行いとても穏やかな顔で旅立ちました事をご報告申し上げます」としています。
  そして去年、アリスが活動50年を迎えたことについて「記念ライブを開催し、メンバーの堀内孝雄・矢沢透と共にここからリスタートして10年続けようと目標を立てて本人も楽しみにしておりましたが残念ながらその夢は叶わず満75年の生涯を終える事となりました。後日には皆で集まって故人を偲ぶ場を設けたいと思っております」としています。
  また「生前『歌と音楽は目に見えないからこそ海も空も超えていく』と沢山の国にも出掛けていきました。歌を創作し歌い伝える旅を続けてきた人生でした」と振り返り「歌と音楽にピリオドはなく皆さまの心にいつまでも残る事を願って心よりの感謝を深く申し上げたいと存じます。これまでに沢山の『愛』をいただき本当に有難うございました」とつづっています。
愛知県 神田元知事「さみしい気持ちでいっぱい」
  2005年の「愛・地球博」のイベントなどを通じて、谷村さんと交流があった当時の愛知県知事、神田真秋氏は「楽曲や歌声はわれわれの青春そのものです。さみしい気持ちでいっぱいです」と話しました。谷村さんは、2005年「愛・地球博」の行事として愛知県が開いた音楽イベントの総合プロデューサーを務めました。
  こうした縁で、およそ20年の交流があったという当時の愛知県知事、神田真秋氏はNHKの取材に対し「万博はおかげさまで、課題はあったが大成功した。成功の背景にはさまざまな方の支援やご協力があったがその1人であったのは間違いない」と振り返りました。その上で「最近はずっと公演を休んでおられたので、よほど悪いのかと思っていました。谷村さんとはほぼ同世代で、その楽曲や歌声はわれわれの青春そのものです。今後お会いすることがなくなり、さみしい気持ちでいっぱいです」と悼んでいました。
  去年行われたコンサートの際に会ったのが最後だったということで「リハーサルでもすごい声量ですばらしい歌を歌われて、手抜きをされない人でした。地元の子どもを舞台に上げて一緒に歌うことも熱心にやっておられ、子どもへの優しさや温かいまなざしに谷村さんの人間が表れていました」とその人柄をしのびました。
  そして「ショックでさみしいですが、この地域のたくさんのファン、思い出を持つ人たちも同じ気持ちだと思います。あのようなシンガーはそうは出てこないと思います」と話していました。
官房長官「多大なる社会貢献活動 これまでの功績に敬意」
  松野官房長官は午後の記者会見で「長年にわたり、シンガーソングライターとしてわが国だけでなく広くアジアに受け入れられる作品を数多くつくり出し、音楽文化の発展に大きく貢献された。また『社会を明るくする運動』の旗振り役として協力を頂き、中国との交流にも尽力されるなど、多大なる社会貢献活動をされた。これまでの功績に改めて敬意を表するとともに、哀悼の意を表したい」と述べました。
日本中国友好協会 伊藤事務局長「日中の友好に尽力」
  谷村新司さんは長年、音楽を通じて中国と日本の文化交流を行ってきたということで、日本中国友好協会の伊藤洋平事務局長はNHKの取材に対し「ニュースで訃報を知り、驚きました。長年、日中の友好に尽力してこられた貴重な人材を失い、残念でなりません。先月、上海と北京で日本と中国の文化交流会が開かれた際にも谷村さんの「昴」が流れていました。中国での「昴」の知名度の高さを認識すると同時に谷村さんが築いた功績を改めて感じました」とコメントしています。
中国 毛寧報道官「哀悼の意を表します」
  中国外務省の毛寧報道官は16日の記者会見で「谷村さんが亡くなられたことに哀悼の意を表します」と述べました。
新宿では「びっくり」「本当に残念」
  谷村新司さんが亡くなったことについて、東京 新宿で聞きました。-70代の女性は「今、亡くなったと聞いてびっくりしました。いい歌を歌っていらっしゃったと思います。『昴』が好きでよく聞いていたので、ショックです」と話していました。-30代の女性は、「また歌う姿を見られると思っていたので残念です。両親も好きで、母もよく口ずさんでいるのを聞いていたので、寂しいなと感じます」と話していました。-60代の男性は「私たちの世代はギターを弾き始めたとき、入門としてアリスの『チャンピオン』などを聞いていました。フォーク、ニューミュージックといろいろなミュージシャンがいましたが、世代の中でトップの人だったと思います」と話していました。-中国出身だという30代の男性は、「本当に残念です。誰にでも好かれる曲、年齢層を問わず、国籍を問わず好かれる曲を作れる人だと思います。私は幼いときに日本に来ましたが、親の話では、中国でも人気で、有名だったということです。『昴』や『チャンピオン』が大好きで、カラオケで歌う人がいると盛り上がりました」と話していました。
大学生のころ訪れていた喫茶店「色あせない思い出の1ページ」
  谷村新司さんは「アリス」を結成する前の大学生だったころ、大阪 天王寺区にある喫茶店を毎日のように訪れていたといいます。谷村さんは決まってコーヒーを注文し、店内に置かれているクラシックギターを弾いて発表前の曲を常連客に披露することもあったということです。店主の加藤歩子さんによりますと谷村さんは当時「バンドのメンバーを探している」とか「いい人が見つかった」などと、活動内容について話していたということです。
  加藤さんは「チンペイちゃんが亡くなったと聞き、びっくりしてじっとしていられなくなってきょうは行くあてもなく散歩していました。私にとっては色あせない思い出の1ページでした」と話していました。
ふるさと大阪では惜しむ声相次ぐ
  谷村新司さんが亡くなったことについて、ふるさとの大阪では惜しむ声が相次ぎました。-大阪市の60代の男性は「中学生のころからラジオで谷村さんの曲を聞いていたので、本当に驚きました。テレビなどでも大阪弁でしゃべっていたので親しみをもっていました。本当に残念です」と話していました。-大阪市の70代の女性は「谷村さんが歌う歌は全部好きでよく聞いていました。まだお若いのに亡くなったと聞き心が痛く、寂しいです」と話していました。-八尾市の50代の男性は、「『チャンピオン』などアリスの曲が好きでファンでした。惜しい人を亡くしたという思いです。これからも谷村さんが残した名曲を聞きたいと思います」と話していました。-また、大阪市の70代の男性は「同じ大阪で同年代なので寂しいです。昴の歌声が本当に好きでした」と話していました。
中国メディアも谷村さんの死去を速報で伝える
  谷村新司さんは日本と中国の交流活動に長年、取り組み、中国のメディアも日本の報道を引用して谷村さんの死去を速報で伝えました。-谷村さんは両国の国交正常化を記念するコンサートを行ったり2010年に上海で開かれた万博の開会式に参加したりしたほか、上海にある音楽大学で教鞭をとり中国の音楽の発展にも貢献しました。
  上海で道行く人に話を聞くと50代の男性は「彼の作品がずっと好きだった。突然の知らせに驚いている」と話していたほか、女性は「多くの歌手がカバー曲を歌っていました。メロディがとてもすばらしく知らせを聞いて悲しいです」と話していました。また、中国のSNSでは、谷村さん関連の検索がランキングで上位に入りました。
  SNS上には「上海万博の開会式で彼の音楽を聞いてファンになった。当時は、私も小さかったが、印象深く覚えている」や「今後、中国と日本の音楽会で、彼のように世代や時代に影響を与える人は誰も出てこないだろう。とても悲しい」など谷村さんを悼んだり功績をたたえたりする書き込みが見られました。


2023.10.11-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20231011-TWJ4VNOY4VOKFPY2EFKMCDXHCE/
将棋の藤井聡太棋聖が8冠達成、前人未到の八大タイトル完全制覇

  将棋の藤井聡太七冠(21)=棋聖・竜王・名人・王位・叡王・棋王・王将=永瀬拓矢王座(31)に挑戦していた第71期王座戦五番勝負(日本経済新聞社主催)の第4局が11日、京都市東山区で指され、藤井七冠が勝ってシリーズ3勝1敗で初の王座を獲得前人未到の八大タイトル全冠制覇を達成した。全冠制覇は羽生善治九段(53)が、平成29年に叡王がタイトル戦となる前の全7冠時代の8年、25歳で達成して以来。藤井八冠は獲得タイトルを、負けなしの通算18期(歴代7位)とした。

  藤井八冠は令和2年の第91期ヒューリック杯棋聖戦で17歳10カ月と20日の史上最年少でタイトルに挑戦、最年少記録を更新する17歳11カ月でタイトルを獲得し、初の現役高校生のタイトルホルダーとなった。その年には王位も獲得した。
  翌年以降もタイトルを増やし続け、3年には叡王で3冠、竜王で4冠を果たした。昨年は王将を獲得して5冠、今年に入ってからは棋王獲得で6冠、最年少名人にも就き、7冠を達成した。
  藤井八冠は愛知県瀬戸市出身。杉本昌隆八段門下で平成28年10月、史上最年少の14歳2カ月で、加藤一二三・九段(83)、谷川浩司十七世名人(61)、羽生九段、渡辺明九段(39)に続く5人目の中学生棋士としてプロデビューした。29年6月には史上最多の29連勝を達成するなど数々の最年少記録を打ち立ててきた。
  一方、5連覇を目指した永瀬前王座は永世称号「名誉王座」(王座連続5期か通算10期)の資格獲得はならなかった。







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