気候(グリーン戦略・カーボンニュートラル)・温暖化-wikipedia & 特集



三井住友銀行-https://www.smtb.jp/-/media/tb/personal/useful/report-economy/pdf/113_0.pdf
時論 ~ 脱炭素と経済成長は両立するのか
(専門理事 調査部主管 主席研究員 金木 利公:Kaneki_Toshikimi@smtb.jp)

  昨今は、どの産業も企業も、経済政策も金融市場も脱炭素一色である。ブームどころではなく、脱炭素 にコミットしないと経済活動への参加資格はないかのごとき景観である。
   気候変動が地球規模で危機的な状況にあることが最大の要因であろうが、このほかにも、2050 年カー ボンニュートラル達成のためには、各国・各産業・各企業とも脱炭素の取り組みを加速度的に進める必要 があること、脱炭素時代のグローバルスタンダードの主導権を握るべく、主要国の思惑や駆け引きが交 錯していること-といった事情も指摘できる。

   また、金融が脱炭素の牽引役として存在感を高めていることも大きい。すなわち、グリーン(脱炭素目 標に資する事業の支援)を標榜する様々な金融商品が組成され、グリーンウォッシュを排除する評価基準が多数作られ、企業はそのための情報開示を迫られ、金融政策においてもグリーンオペ(民間金融機 関のグリーン投融資を側面支援するオペ)が導入されつつある。
  こうした中においては、脱炭素に熱心で ない企業は、資金調達の困難化と調達コスト上昇に直面することが見込まれるようになった。 かくして、金融主導色の強い脱炭素の道具立てと雰囲気が整いつつあり、個々の産業・企業では相応 に脱炭素の取り組みに弾みがつくだろう。 脱炭素は、「グリーン成長戦略」「グリーンニューディール」等において「経済成長の柱となり、イノベー ションを促す」とされている。
  脱酸素は経済面でも救世主にして希望の星として期待されている。 だが、オーソドックスなマクロ経済の観点から見ると、脱炭素がマクロの経済成長につながる道筋-日本経済の最大の課題である低い生産性を引き上げ、持続的な経済成長につながるメカニズム-は漠とし た期待論の域を出ておらず、むしろ負荷となる面すらある。
   脱炭素を進めるには、次世代蓄電池、水素の実用化、二酸化炭素を地中に埋める CCS、低コスト太陽 光パネルなど多様な分野へ莫大な資金が必要とされる。それは ESG 投資、サスティナブルローン、グリ ーンボンド等の脱炭素マネーによって賄われ、新技術開発が加速し、脱炭素関連産業が勃興・成長し、各産業・企業では脱炭素関連の設備投資が増加するだろう。

  しかし脱炭素技術は、産業・企業の標準装備にはなっても、第1次産業革命の蒸気機関、第2次の電 気、第3次の情報通信技術のように、当該産業のみならず他産業の製品・サービスの生産プロセスへ広く 深く組み込まれ、生産性と投資収益率を引き上げる汎用技術とは言い難い。 古い事例ではあるが、1970 年代半ば以降、日本企業は環境規制の強化によって生産能力に直結しな い公害防止設備のウェイトが増大した結果、資本ストック生産性の低下に直面した。脱炭素関連投資の 性格はこのケースに近く、それらが実行される時点では需要を創出して景気を上向かせるが、中期的に は資本ストック生産性の低下に作用する可能性が高い。
  また、脱炭素設備の拡充を急ぐ企業と、そのための投融資資金を供給する金融機関・機関投資家 が、コーポレートガバナンス強化と「企業と投資家の建設的な対話」の流れを背景に、いずれも株主から 脱炭素の実績積み上げの圧力を受けていること、資金需要が拡大する脱炭素関連領域には、運用難 に直面している金融機関・機関投資家から投融資資金が集中しやすいこと-という今日の状況下では、 経済全体では脱炭素関連の過剰設備、低劣な設備の積み上がりが懸念される。過去、幾多の事例にあるように、皆が一方向を向いて走り出す時には起こりがちなことだが、当然、これも資本ストック生産性、 ひいては投資収益率の低下につながる。
  このように、個々の企業や案件レベルにおける脱炭素の取り組みは、マクロ経済にとっては重荷となり、 脱炭素の取り組みを鈍らせ、脱炭素マネーの投融資リターンも損なう可能性を内包していると言える。 だが、こうした脱炭素投資のマクロ経済に対するマイナス要素は、カーボンプライシングとりわけ炭素 税の拡充と、消費者の価値観の変容が組み合わさることにより、相当程度軽減できる可能性がある。

  炭素税は、価格をシグナルとする企業の行動変容を促すべく、気候変動という外部効果がもたらす社会的費用を市場価格に反映させる(外部効果の内部化)ものである。これにより、企業は脱炭素を進め、 炭素生産性(GDP/温室効果ガス排出量)を高めれば高めるほど税コストもエネルギーコストも軽減し、 価格競争力は高まることになる。
  また、消費者の価値観が「炭素生産性が高い企業の製品は、多少価格 が高くても購入する」という方向に変容すれば、炭素生産性を高めれば高めるほど、その企業の非価格 競争力も高まる。 かくして各企業は、競争力・収益力・生産性を高める有力な手段となる炭素生産性向上に向かって、 一斉に競争を始めることになる。
  この姿は、省エネ・省資源を目指した激しい企業間競争の結果、経済全体のエネルギー効率と生産性を向上させ、先進国中いち早く中成長経路に辿り着いた第1次・第2次石 油危機後の日本経済と同様の構図である。

   1990 年代から炭素税を導入し、かつ税率を引き上げてきたフィンランド、スウェーデンでも、堅調な経 済成長と温室効果ガス削減の両立に成功している。市場経済のダイナミズムを活かして、脱炭素を加速 させつつマクロの経済成長にも資する仕掛けとして、炭素税は国際標準の政策ツールになるだろう。
  わが国では炭素税は短期的には企業収益圧迫要因となることから、産業界からは慎重論が根強く、現 在の炭素税(地球温暖化対策税)の税率は諸外国と比べても格段に低く、炭素生産性を巡る企業間競争 が醸成されるには程遠い。
  今後は、過度な負担を受ける産業へ配慮しつつも、炭素税の本格拡充に向 けた議論が活発化すると考えられる。 こうした考察と事例から示唆されるのは、脱炭素を巡る議論では、今日の環境問題を招いた主犯として 資本主義に対する疑念や批判も窺われるが、資本主義の世界で立ち回るしかない我々は、資本主義が 引き起こした問題の解決手段は、資本主義の中に見出せる(見出すしかない)、ということである。

  資本主義とは、「利潤を目的とした企業活動が行われ(岩井克人)」「利潤なしには生存しえず、機能し ない(シュンペーター)」経済システムであり、その利潤の源泉は、競争を通じた他者との差別化・差異の 継続的創造しかない。こうした資本主義の基本原理を脱炭素の取り組みの中にビルトインし、もって脱炭素を加速させるドライバーが、炭素税による市場メカニズムということである。
  その効果は、企業に対する政府の補助金より高いであろうし、最近まで新自由主義の権化のように振 舞っていた人々が表明する地球愛・人類愛より確実であろう。 さらに言えば、脱炭素の真の主導役は、炭素税など諸制度と規制を設計し、その国際的イコールフッ ティングルールを作成できる政府・政治であろう。国際デジタル課税で合意にこぎつけた国際協調の力 を、脱炭素でも発揮することを期待したい。


三井住友フイナンシャルグループ-https://www.smfg.co.jp/sustainability/report/topics/detail108.html
~特集~ 水素社会は本当に実現するのか

  CO2フリーを可能にするエネルギー、水素。高いポテンシャルに大きな期待が寄せられ る一方で、技術面、経済面でのハードルは高く、普及にはかなり時間がかかると考えられ てきた。しかし近年、急激な勢いで課題解決が進み、水素社会の実現が具現化しつつあ る。水素利用の現状とその可能性を考察する。

水素利用のロードマップ
  多様なエネルギーの中でも極めてクリーンなエネルギーとして長らく注目されてきた水素。FCV(燃料電池車)や家庭用燃料電池「エネファーム」などの言葉をマスコミで見聞きする機会が増えたこともあり、かつてより水素を身近な存在として認識できるようにはなった。しかし、普及の足取りは依然ゆるやかで、「水素社会」という大きなビジョンが実現するには、今なお解決すべき課題が多い。その課題解決の難しさから、ほんの2~3年前までは、水素社会の実現は非現実的とする懐疑的な見方が広がっていた。
  ところが、近年、状況は急激な変化を見せている。地政学的リスクを抱える化石燃料からの脱却、エネルギー安全保障の確保、再生可能エネルギーの無駄のない利用、新産業創出と、水素社会のもたらすメリットは多い。とりわけ気候変動の脅威が各国の社会経済を脅かし始めた今、普及コストとリスクを天秤にかけてでも水素社会に舵を切った方が得策であると、我が国でも本腰を入れ始めたのである。
  その姿勢を示すのが、2014年4月に発表された「エネルギー基本計画」に初めて、水素エネルギーの具体的な利用が明記されたことだ。基本計画では、電気や熱に加え水素が将来の二次エネルギーの中心的役割を担うこと、2015年から商業販売が始まるFCVの導入推進のため、4大都市圏を中心に100カ所の水素ステーションを整備することなどが謳われている。
  続く6月には、基本計画を基にした「水素・燃料電池戦略ロードマップ」が公表され、3段階のフェーズで水素社会を目指すシナリオが示された。CO2を排出しない「CO2フリー水素」の利用を最終目標に掲げ、導入しやすい部分から段階的に拡大していくという現実的な青写真だ。
フェーズ1は燃料電池車
  フェーズ1では、FCVの普及と水素ステーションなどのインフラ整備を行う。2015年に予定されているFCVの市場投入を皮切りに、東京オリンピックが開催される2020年ごろまでに経済合理的な水素関連技術・製品を実現、2025年にはFCVをはじめとする燃料電池製品の経済的自立を目指す。
  連動して業界でも動きが活発化している。トヨタ自動車では、一足早い2014年度中に700万円程度でFCVの販売を開始すると発表。ホンダも、岩谷産業やさいたま市と共同で、ごみ焼却時の余熱を使った廃棄物発電の電力で水から水素を製造・供給する水素ステーションを開発、設置した。主要構成部位を1つにまとめた世界でも初めてのパッケージ型水素ステーションで、設置工事期間と設備面積を大幅に削減できると各方面から注目を集めている。
  こうした動きを直接的、間接的に支えてきたのが、2004年に始まった「福岡水素エネルギー戦略会議(Hy-Lifeプロジェクト)」だ。福岡県や九州大学を中心に720を超える企業、大学、支援機関が集い、3つの社会実証を中心に数々のプロジェクトを進めてきた。
  最初の社会実証となったのは、1キロワット級の家庭用燃料電池150台を新興住宅地の戸建て住宅に設置する、世界最大の水素利用都市「福岡水素タウン」だ。家庭用燃料電池は、都市ガスやプロパンガスから水素を取り出し、その際に発生する電気と熱を利用して発電や給湯に利用するもので、「エネファーム」の名称で知られている。「福岡水素タウン」で採用した「エネファーム」は、プロパンガスから水素を取り出すタイプだ。
  地域内には、連日多くの見学者が訪れるモデルハウス「スマートハウスin福岡水素タウン」もある。このモデルハウスでは、家庭用燃料電池で採用されている「PEFC(固体高分子形燃料電池)」の次のステップとして注目される、発電効率が非常に高い「SOFC(個体酸化物形燃料電池)」を国内で初めて導入。データを集めている。

  2つ目の社会実証は、FCVに水素を供給するステーションの整備・運営だ。北九州市と福岡市の2カ所にステーションを設置し、両者間に「水素ハイウェイ」を構築する。それぞれのステーションでは、利用する水素の取得方法が異なる。「北九州水素ステーション」は、市内製鉄所で発生する年間5億m3の副生水素の一部を利用するオフサイト型のステーションである。一方、福岡市の「九州大学水素ステーション」は、水を電気分解して得られる水素を利用。CO2がまったく発生しない次世代型ステーションの確立を目指す。同実証では、ステーションの整備・運用に関わる知見の収集に努めるほか、自由に実験走行できる環境を提供するなどしてFCV普及の一翼を担う。
  水素供給の拠点となるステーションの設立は、水素エネルギーを利用する新たなモデルタウンの整備にもつながった。これが3つ目の社会実証となる「北九州水素タウン」だ。「北九州水素ステーション」から約1.2キロメートルの水素パイプラインを敷設し、集合住宅や博物館、ホームセンターなどに設置した14台の定置型燃料電池に副生水素を供給。効率的な水素供給やパイプラインの耐久性などに関するデータを収集し、技術・運用面での課題の洗い出しを行っている。
  
  福岡水素エネルギー戦略会議の事務局を担う、福岡県商工部新産業振興課水素班の黒水拓也氏は、3つの社会実証を次のように説明する。
  「社会実証の結果は、関わっている企業にそれぞれフィードバックされ、水素関連製品の研究開発に活かされています。たとえば、FCVに先んじて商業販売されたエネファームは、Hy-Lifeプロジェクトが始まった当初はまだ製品化にはほど遠い状態でした。2009年の発売時には300万円近くしていましたが、最近は性能が向上し、価格も半額程度にまで下がっています。これは、各企業の開発努力はもちろんのこと、社会実証のフィードバックや、同時に行ってきた水素関連の人材育成、新産業育成支援、研究開発、世界最先端の水素情報拠点の構築など、Hy-Lifeプロジェクトとして10年間包括的に支援し続けてきた成果でもあると自負しています。これまでの結果を踏まえ、水素社会実現に向けて今後も引き続きサポートしていくつもりです」。
フェーズ2では安価な水素調達を模索
  千代田化工建設は当面、化石燃料からの取り出しや、海外の大型プラントで発生する副生水素の輸入に水素調達を頼ることになる。しかし、最終的には「再生可能エネルギーを起源とした水素サプライチェーンを築くことが究極の目標になる」と白崎氏は言う。
  「残念ながら、日本では、再生可能エネルギーが増えたとしても100%エネルギーを自給することは難しいと感じています。世界中に等しくあるといわれる自然エネルギーも偏在しているのが現実で、化石燃料の採れる産油国は太陽光も風力も豊富であったりします。産油国自体も化石燃料の次の資源として再生可能エネルギーに期待し始めていますから、日本の再生可能エネルギーを補う意味で、産油国での余剰分を水素の形でためて、再生可能エネルギー由来の水素を今から少量入れ、その比率を少しずつ増やしていくのが現実的なアプローチではないかと考えています」。
水素社会をめぐる競争はすでに始まっている
  再生可能エネルギーで発電した電気を水素として蓄え、天然ガスとの混焼や再発電、燃料電池に利用する方法の確立に向け、各国でさまざまなアプローチが試みられている。中でも「Power to Gas」というコンセプトで注目を集めている国が、ドイツだ。
  再生可能エネルギーへの転換を目指すドイツでは、風況のよい北部に風力発電が、日照条件のよい南部に太陽光発電が集中し、北部での電力供給量が南のそれより圧倒的に多い状態にある。しかし、実際に電力需要が大きいのは産業が集積する南部であり、南北をつなぐ高圧送電線が圧倒的に不足していることから、余った北部の電力が系統に接続されず年間250ギガワット時も捨てられている。このため、北部の余剰電力を水素に変換・貯蔵し、これを都市ガス導管に混入することで、水素の有効利用を図る「Power to Gas」(電力をガスに変換するという意)という方法が模索されてきた。 ドイツ政府は、国内に15カ所あるFCV用水素ステーションを2030年までに1,000カ所に拡大する方針を掲げるなど、水素社会の実現に向けて積極的に国が音頭をとっている。現場では、ドイツ大手電力会社のE.ONや自動車メーカーAudiなどが参画するパイロットプロジェクトが進行中だ。その中には、1時間当たり数百Nm3の水素製造を行い都市ガスに混入する、規模の大きなプロジェクトもあるという。

 国や地域により、最適なエネルギーは必ずしも同じではない。エネルギーレジリエンス(災害時などのエネルギーの回復)の面からも、多様なエネルギー源を確保しておくことは重要だ。しかし一方で、大量のエネルギーを一度に供給できる体制も現代社会では不可欠といえる。製造、供給、利用のすべてにおいて多様な方法があり、小ロットにも大ロットにも対応できる水素はまさに夢のエネルギーだ。技術、素材、数字的裏づけといった役者が揃い、利用のハードルが一気に下がった今、水素社会の実現はもはや絵に描いた餅ではなくなった。
  国内のみならず、グローバルを視野に入れた競争が早くも始まろうとしている。どの国のどのプロジェクトがいち早くゴールに到達するのか、その動向から目が離せない。
  ロードマップのフェーズ2で目指すのは、水素発電の本格的な導入と大規模な水素供給システムの確立だ。本格的に水素社会を築くには、経済合理性に見合った手法で、大量の水素を入手する必要がある。現在、その手法として有力視されているのが、海外からの水素導入だ。

  水素は、宇宙に存在する元素の約70%を占めるほど豊富にある物質だが、単体では自然界にほとんど存在せず、地球上では水や化石燃料、有機化合物などの形で存在する。そこから取り出す方法には、水の電気分解から水素をつくり出す電解法のほか、天然ガスやメタノール、ナフサなどからつくる水蒸気改質法、微生物による有機物の分解を活用したバイオマス転換法など多くの手法があり、地域の資源や特性に合わせた水素の製造が可能だ。
  CO2の排出を考慮すると、水素の製造方法として理想的なのは国内で生まれた再生可能エネルギー由来の電気を使った電解法だが、現段階では、低コストで大量に確保できる天然ガスや石炭からの製造が現実的と見られている。各社がしのぎを削り始めているが、このうち、石炭の中でも低品質で使い道のなかった「褐炭」に着目し、ビジネスモデル構築を急ぐのが川崎重工だ。

  「褐炭は、石炭と同程度の埋蔵量があるとされ世界に広く分布していますが、水分量が50~60%と多いうえ、乾燥すると自然発火するという少々扱いづらい資源です。輸送が難しく、採掘地付近で発電に使う程度しか用途がありません。ただ、非常に安価に入手できるため、もっとも経済的な水素製造方法の1つといえます。
  我々は、褐炭の埋蔵量が380億トンと非常に多い豪州、中でも日本の総発電量の240年分の褐炭が眠るとされるビクトリア州で、水素の採掘から製造、液化、輸送、そして、国がロードマップのフェーズ3で掲げるCCS(CO2の回収・貯留)までをトータルで行う『CO2フリー水素チェーン』を、現地政府と一緒に推進しているところです」(川崎重工技術開発本部水素プロジェクト部長 西村元彦氏)。
水素4割でCO2を8割削減
  西村氏によれば、プロジェクトの試算ではじき出した水素コストは29.8円/Nm3(CIF:船上引き渡し価格)。国内では、現在、半導体ウェハーや太陽電池シリコン、光ファイバー、液晶・プラズマディスプレイなどの製造に水素が使われており、販売量は年間約1.4億m3、石油化学プラントや製鉄所での自家消費分を合算すると180億m3ほどの水素市場があるとされているが、29.8円/Nm3という数字は、現在流通しているこれら水素の単価の4分の1程度だという。
  「29.8円/Nm3の内訳としては、褐炭燃料の採掘とCO2の回収・貯留にかかる5.2円/Nm3は豪州で消費するお金ですが、残りの水素製造、パイプライン敷設、水素液化、積荷基地、水素輸送船などの設備費等は日本に落ちるお金です。従来のエネルギー資源の輸入と比べても、リターンの大きなバリューチェーンが築けるビジネスだと考えています」。
  世界では今、2050年までに全体のCO2の排出量を1990年比50%削減、先進国は80%削減という目標を掲げている。エネルギー総合工学研究所主催の「CO2フリー水素チェーン実現に向けた構想研究会」が2010年に実施したシミュレーションでは、2050年時点で全体のエネルギー供給量の4割まで水素の比率を増やすことができれば、最も国民経済負担が少ない状態でCO2の80%削減という目標を達成できるとしている。国内エネルギー事情が変化した東日本大震災以降も、RITE(地球環境産業技術研究機構)やその他の機関が行ったシミュレーションで似たような結果が導き出されており、業界では25~45円/Nm3が水素コストの1つのターゲットになっているようだ。
2020年に水素パイロットチェーン
  水素の安価な調達が確保できたとして、次にクリアしなければならないのは、水素社会実現の大きな壁だった輸送・貯蔵技術の確立だ。
  水素の輸送・貯蔵に関しては、気体状態の800分の1にまで体積を小さくできる液化水素にする方法が主流だが、それにはマイナス253℃という超低温を保つ必要があり、断熱をいかに高めて気化による損失・拡散を防ぐかが課題となる。ロケット燃料用の輸送や液化水素タンクで技術と実績のある川崎重工は、断熱性と経済性を両立した技術の確立にめどを付け、事業化に向けて取り組みを進めている。

  「まずは、液化水素2,500m3の輸送が可能な小型液化水素運搬船を開発し、最終目標の80分の1程度の小さな水素パイロットチェーンを展開します。実現できるのは、早くとも2020年の東京オリンピックのころになりそうです」(西村氏)。
  実現すれば、水素の船舶運搬は世界でも初めてのケースとなる。同社ではすでに日本海事協会の基本認証も取得し、豪州当局と国土交通省間で運航に向けた基本合意も取り付け準備を進めている。
常温・常圧での水素輸送が可能に
  一方、既存のケミカルタンカー(化学品を運ぶ専用船)や貯蔵タンクをそのまま水素の輸送・貯蔵に流用する技術を開発したのが、千代田化工建設だ。同社の方法では、水素の液体化に、塗料や接着剤の溶剤などに広く使われているトルエンを用いる。水素チェーン事業推進ユニット水素事業推進セクションでセクションリーダーを務める白崎智彦氏は、この技術は水素化技術と脱水素技術の2つで成り立つといい、「核は脱水素技術」と明かす。
  「トルエンは、主に石油精製の過程で生産されます。そのトルエンに水素を結合することで、水素は気体時の500分の1の体積の液体に縮小します。できた液体は修正インクなどに使われているメチルシクロヘキサン(MCH)です。MCHは常温・常圧の液体として扱うことができるのでハンドリングしやすく、従来のタンカーやタンクをそのまま使える点が最大のメリットです。
  水素化技術は少し前から存在していましたが、問題は脱水素技術でした。多くの科学者や研究機関が試みてきたものの、MCHから水素に戻す工業的な方法を見いだせずにいたのです。
  可能にしたのは、酸化アルミニウムのアルミナに、ナノレベルまで小さくした白金の粒子を均一に付着させた触媒で、我々はこれをSPERA(スペラ)触媒と名づけました。このSPERA触媒にMCHを通して加熱すると、水素とトルエンに戻ります」。
  トルエンとSPERA触媒は繰り返し使用できる。寿命は、トルエンに関してはほぼ劣化がないとされる。SPERA触媒の寿命は1年以上あることが確認されており、十分商業化できるレベルだという。
  「10年以上前の開発当初は、水素の具体的な需要も少なく、水素社会はずいぶん先の話でした。しかし現在は、産業用の大きな市場も認識でき、安価な水素を確保できればビジネスになります。さらに大きな需要が見込めれば、スケールメリットでさらに価格を下げることも可能です。その実現のために重要な市場は水素発電です」。
  同社は現在、川崎市と共同で、水素エネルギーを活用した「国家戦略特区構想」を内閣府に提案している。川崎臨海部に水素供給網を築くと同時に、市や臨海部の企業と連携し、水素発電所の建設を計画中だ。2020年の東京オリンピックでは、選手村への電力供給を水素発電で賄い、自社や日本の技術を世界に知らしめたいという思いもある。

  千代田化工建設は当面、化石燃料からの取り出しや、海外の大型プラントで発生する副生水素の輸入に水素調達を頼ることになる。しかし、最終的には「再生可能エネルギーを起源とした水素サプライチェーンを築くことが究極の目標になる」と白崎氏は言う。
  「残念ながら、日本では、再生可能エネルギーが増えたとしても100%エネルギーを自給することは難しいと感じています。世界中に等しくあるといわれる自然エネルギーも偏在しているのが現実で、化石燃料の採れる産油国は太陽光も風力も豊富であったりします。産油国自体も化石燃料の次の資源として再生可能エネルギーに期待し始めていますから、日本の再生可能エネルギーを補う意味で、産油国での余剰分を水素の形でためて、再生可能エネルギー由来の水素を今から少量入れ、その比率を少しずつ増やしていくのが現実的なアプローチではないかと考えています」。
水素社会をめぐる競争はすでに始まっている
  再生可能エネルギーで発電した電気を水素として蓄え、天然ガスとの混焼や再発電、燃料電池に利用する方法の確立に向け、各国でさまざまなアプローチが試みられている。中でも「Power to Gas」というコンセプトで注目を集めている国が、ドイツだ。

  再生可能エネルギーへの転換を目指すドイツでは、風況のよい北部に風力発電が、日照条件のよい南部に太陽光発電が集中し、北部での電力供給量が南のそれより圧倒的に多い状態にある。しかし、実際に電力需要が大きいのは産業が集積する南部であり、南北をつなぐ高圧送電線が圧倒的に不足していることから、余った北部の電力が系統に接続されず年間250ギガワット時も捨てられている。このため、北部の余剰電力を水素に変換・貯蔵し、これを都市ガス導管に混入することで、水素の有効利用を図る「Power to Gas」(電力をガスに変換するという意)という方法が模索されてきた。 ドイツ政府は、国内に15カ所あるFCV用水素ステーションを2030年までに1,000カ所に拡大する方針を掲げるなど、水素社会の実現に向けて積極的に国が音頭をとっている。現場では、ドイツ大手電力会社のE.ONや自動車メーカーAudiなどが参画するパイロットプロジェクトが進行中だ。その中には、1時間当たり数百Nm3の水素製造を行い都市ガスに混入する、規模の大きなプロジェクトもあるという。
  国や地域により、最適なエネルギーは必ずしも同じではない。エネルギーレジリエンス(災害時などのエネルギーの回復)の面からも、多様なエネルギー源を確保しておくことは重要だ。しかし一方で、大量のエネルギーを一度に供給できる体制も現代社会では不可欠といえる。製造、供給、利用のすべてにおいて多様な方法があり、小ロットにも大ロットにも対応できる水素はまさに夢のエネルギーだ。技術、素材、数字的裏づけといった役者が揃い、利用のハードルが一気に下がった今、水素社会の実現はもはや絵に描いた餅ではなくなった。
  国内のみならず、グローバルを視野に入れた競争が早くも始まろうとしている。どの国のどのプロジェクトがいち早くゴールに到達するのか、その動向から目が離せない。


地球温暖化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


地球温暖化(英語: Global warming)とは、気候変動の一部で、地球表面の大気や海洋の平均温度が長期的に上昇する現象である。最近のものは、温室効果ガスなどの人為的要因や、太陽エネルギーの変化などの環境的要因によるものであると言われている。単に温暖化、気候温暖化とも言われている
概要
地球の歴史上、気候の温暖化や寒冷化は幾度も繰り返されてきたと考えられている。地球全体の気候が温暖になる自然現象を単に「温暖化」と呼ぶこともあるが、近年観測されており、将来的にも百年単位で続くと予想される「20世紀後半からの温暖化」の意味で用いられることが多い。この記事では20世紀後半からの温暖化について説明する。
現状の科学的理解
  地球表面の大気海洋の平均温度は「地球の平均気温」または「地上平均気温」と呼ばれ、地球全体の気候の変化を表す指標として用いられており、19世紀から始まった科学的な気温の観測をもとに統計が取られている。地球の平均気温は1906年から2005年の100年間で0.74(誤差は±0.18°C)上昇しており、長期的に上昇傾向にある事は「疑う余地が無い」と評価されている。上昇のペースは20世紀後半以降、加速する傾向が観測されている。これに起因すると見られる、海水面(海面水位)の上昇や気象の変化が観測され、生態系人類の活動への悪影響が懸念されている
  この地球温暖化は自然由来の要因と人為的な要因に分けられる。20世紀後半の温暖化に関しては、人間の産業活動等に伴って排出された人為的な温室効果ガスが主因とみられ、2007年2月に国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発行した第4次評価報告書 (AR4) によって膨大な量の学術的(科学的)知見が集約された結果、人為的な温室効果ガスが温暖化の原因である確率は9割を超えると評価されている。このAR4の主要な結論は変わっておらず、より多くのデータを加えた第5次評価報告書の作成が進められている。

  AR4によれば、2100年には平均気温が最良推定値で1.8–4°C(最大推計6.4°C)上昇すると予測される[注釈 3]。地球温暖化の影響要因としては、「人為的な温室効果ガスの放出、なかでも二酸化炭素メタンの影響が大きい」とされる[注釈 4]。その一方で太陽放射等の自然要因による変化の寄与量は人為的な要因の数%程度でしかなく、自然要因だけでは現在の気温の上昇は説明できないことが指摘されている。一度環境中に増えた二酸化炭素などの長寿命な温室効果ガスは、能動的に固定しない限り、約100年間(5年–200年[7])にわたって地球全体の気候や海水に影響を及ぼし続けるため、今後20–30年以内の対策が温暖化による悪影響の大小を大きく左右することになる。理解度が比較的低い要因や専門家の間でも意見が分かれる部分もあり、こうした不確実性を批判する意見も一部に存在する。ただし、AR4においてはそのような不確実性も考慮した上で結論を出しており、信頼性に関する情報として意見の一致度等も記載されている
  地球温暖化は、気温や水温を変化させ、海面上昇降水量(あるいは降雪量)の変化やそのパターン変化を引き起こすと考えられている。洪水旱魃酷暑ハリケーンなどの激しい異常気象を増加・増強させる可能性や、生物種の大規模な絶滅を引き起こす可能性も指摘されている。大局的には地球全体の気候生態系に大きく影響すると予測されている。ただし、個々の特定の現象を温暖化と直接結びつけるのは現在のところ非常に難しい。 こうした自然環境の変化は人間の社会にも大きな影響を及ぼすと考えられている。真水資源の枯渇、農業漁業などへの影響、生物相の変化による影響などが懸念されている。2–3°Cを超える平均気温の上昇が起きると、全ての地域で利益が減少またはコストが増大する可能性がかなり高いと予測されている。温暖化を放置した場合、今世紀末に5–6°Cの温暖化が発生し、「世界がGDPの約20%に相当する損失を被るリスクがある」とされる(スターン報告)。既に温暖化の影響と見られる変化が、世界各地で観測され始めている
  このように地球温暖化のリスクが巨大であることが示される一方、その抑制(緩和)に必要な技術や費用の予測も行われている。スターン報告AR4 WG III、IEA等の報告によれば、人類は有効な緩和策を有しており、温室効果ガスの排出量を現状よりも大幅に削減することは経済的に可能であり、経済学的にみても強固な緩和策を実施することが妥当であるとされる。同時に、今後10–30年間程度の間の緩和努力が決定的に大きな影響力を持つと予測されており、緊急かつ現状よりも大規模な対策の必要性が指摘されている。
  このような予測に基づき、地球温暖化の対策として様々な対策(緩和策)が進められているが、現在のところ、その効果は温暖化を抑制するには全く足りず、現在も温室効果ガスの排出量は増え続けている。これらの対策に要するコスト等から、このような緩和策に後ろ向きの国や勢力も少なくない。
対策としては京都議定書が現時点で最も大規模な削減義務を伴った枠組みとなっている。現行の議定書は、議定書目標達成に成功した国々もある一方、離脱・失敗した国々もあるなど、削減義務達成の状況は国により大きく異なり、議定書の内容に関する議論も多い。しかし温暖化が危険であり、対策が必要であることは、既におおむね国際的な合意(コンセンサス)となっている。対策費用増加を含めた今後の被害を抑制するため、現状よりもさらに強固な緩和策が必要であると指摘されている
歴史的経過
  地球の気候に関しては、1970年代には「地球寒冷化」の可能性が取りざたされたこともあった。しかしこの寒冷化説は根拠に乏しく、科学的に調べていく過程で、実は地球が温暖化していることが明らかとなっていった。一般の間でも寒冷化説が広まっていたが、1988年アメリカ上院の公聴会におけるJ.ハンセンの「最近の異常気象、とりわけ暑い気象が地球温暖化と関係していることは99%の確率で正しい」という発言が、「地球温暖化による猛暑説」と報道され、これを契機として地球温暖化説が一般にも広まり始めた。国際政治の場においても、1992年6月の環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)にて気候変動枠組条約が採択され、定期的な会合(気候変動枠組条約締約国会議、COP)の開催が規定された。研究が進むにつれ、地球は温暖化しつつあり、人類の排出した温室効果ガスがそれに重要な役割を果たしているということは、議論や研究が進む中で科学的な合意(コンセンサス)となっていった。このコンセンサスは2001年IPCC第3次評価報告書(TAR)、2006年のスターン報告、2007年のIPCC第4次評価報告書(AR4)などによって集約された。

  温暖化の主因と見られる人為的な温室効果ガスの排出量を削減するため、京都議定書が1997年に議決され2005年に発効し、議定書の目標達成を目処に削減が行われてきた。欧州では順調に削減が進み、目標達成の目処が立っている。しかし主要排出国の米国が参加しておらず、また先進国のカナダが目標達成をあきらめたり、日本が削減義務達成に失敗しそうな情勢になっている。途上国の排出量を抑制する道程も定まっていない。その一方で、温暖化の被害を最小にするには、京都議定書より一桁多い温室効果ガスの排出量削減率が必要とされる。2007年のハイリゲンダムサミットにおいては「温室効果ガスを2050年までに半減する」という目標が掲げられたが、具体的な削減方法や負担割合については調整がつかず、2007年12月の温暖化防止バリ会議(COP13)においても数値目標を定めるには至っていない。
近年の気温の変化
  現在、地球表面の大気や海洋の平均温度は、1896年から1900年の頃(5年平均値)に比べ、0.75°C(±0.18°C)暖かくなっており、1979年以降の観測では下部対流圏温度で10年につき0.12から0.22°Cの割合で上昇し続けている。1850年以前、過去1000年から2000年前の間、地表の気温は中世の温暖期小氷期のような変動を繰り返しながら比較的安定した状態が続いていた。しかしボーリングに得られた過去の各種堆積物や、樹木の年輪、氷床、貝殻などの自然界のプロキシを用いて復元された過去1300年間の気温変化より、近年の温暖化が過去1300年間に例のない上昇を示していることが明らかとなった(AR4)。

  気温の測定手段としては、過去の気温については上記のように自然界のプロキシを用いて復元される一方、計測機器を使用した地球規模での気温の直接観測が1860年頃から始まっている。特に最近の過去50年は最も詳細なデータが得られており、1979年からは対流圏温度の衛星による観測が始まっている。AR4の「世界平均気温」については、都市のヒートアイランド現象の影響が最小限となるよう観測地点を選び、地表平均気温の値を算出している。測定精度に関してはなお一部で議論もあるが、そのような誤差要因を考慮しても近年の温暖化は異常であり、気候システムの温度上昇は疑いようがないと評価されている。
  2019年2月6日、世界気象機関WMO)は、2015年から4年間の世界の気温が観測史上最高だったことを確認した。また、2018年の世界の平均気温が産業革命前比で1度上昇し、過去4番目に高かったと発表した。2015年から4年連続で異例の高温が続き、上昇傾向が続き地球温暖化が進行している証拠だとしている。WMOによると、2016年の平均気温の上昇幅は1.2度で観測史上最高を記録した。WMOのペッテリ・ターラス(Petteri Taalas)事務局長は、単年の記録の上位20位が過去22年間に集中しており、「長期的な気温の傾向は単年の順位よりもはるかに重要であり、長期傾向は上昇を示している」とした上で、「過去4年間の気温上昇は陸上と海面の双方で異常な水準にある」と述べた。ハリケーンや干ばつ、洪水といった異常気象の要因にもなったと指摘している。しかし、地球温暖化に対する懐疑論など根強い反対意見も存在している。
原因
  地球温暖化は、人間の産業活動に伴って排出された温室効果ガスが主因となって引き起こされているとする説が主流である。『気候変動に関する政府間パネル』(IPCC)によって発行されたIPCC第4次評価報告書によって、人為的な温室効果ガスが温暖化の原因である確率は「90%を超える」とされる。IPCC第4次評価報告書(AR4)は現在世界で最も多くの学術的知見を集約しかつ世界的に認められた報告書であり、原因に関する議論が行われる場合も、これが主軸となっている。
  原因の解析には地球規模で長大な時間軸に及ぶシミュレーションが必要であり、膨大な計算量が必要である。計算に当たっては、直接観測の結果に加え、過去数万年の気候の推定結果なども考慮して、様々な気候モデルを用いて解析が行われる。解析の結果、地球温暖化の影響要因としては、環境中での寿命が長い二酸化炭素メタンなどの温室効果ガスの影響量が最も重要であるとされる。この他、エアロゾル、土地利用の変化など様々な要因が影響するとされる。こうした解析においては、科学的理解度が低い部分や不確実性が残る部分もあり、それが批判や懐疑論の対象になる場合もある。実際のところ、数億年前まで遡って考えると、二酸化炭素濃度は現在より圧倒的に高い。しかしこのような不確実性を考慮しても、温暖化のリスクが大きいことが指摘されている。
影響
地球温暖化の影響に関しては、多くの事柄がまだ評価途上である。しかしその中でもAR4、およびイギリスで発行されたスターン報告が大きな影響力を持つ報告書となっている。
  地球温暖化による影響は広範囲に及び、「地球上のあらゆる場所において発展を妨げる」(AR4)と予想されている。その影響の一部は既に表れ始めており、IPCCなどによるこれまでの予測を上回るペースでの氷雪の減少などが観測されている。 AR4 WG IIによれば、地球温暖化は、気温や水温を変化させ、海水面上昇、降水量の変化やそのパターン変化を引き起こすとされる。洪水旱魃猛暑ハリケーンなどの激しい異常気象を増加・増強させ、生物種の大規模な絶滅を引き起こす可能性などが指摘されている。大局的には地球温暖化は地球全体の気候生態系に大きく影響すると予測されている。個々の特定の現象を温暖化と直接結びつけるのは現在のところ難しいが、統計的には既に熱波や大雨等の極端な気象現象の増加が観測されており、今後さらに増えると見られている
  こうした自然環境の変化は人間の社会にも大きな影響を及ぼす。真水資源の枯渇、農業漁業などへの影響を通じた食料問題の深刻化、生物相の変化による影響などが懸念されており、その影響量の見積もりが進められている。AR4では「2–3°Cを超える平均気温の上昇により、全ての地域で利益が減少またはコストが増大する可能性がかなり高い」と報告されている。 スターン報告では、5–6°Cの温暖化が発生した場合、「世界がGDPの約20%に相当する損失を被るリスクがある」と予測し、温室効果ガスの排出量を抑えるコストの方が遙かに小さくなることを指摘している。
  日本では国立環境研究所などによる影響予測が進められており、豪雨や猛暑の増加、農業用水の不足、植生の変化、干潟や砂浜の消滅、地下水位や海面上昇などによる被害の増大の予測が報告されている。農業では米がとれなくなり、漁獲量ではアワビやサザエ、ベニザケが減少するなどの甚大な被害が予想される。寒害の減少、北日本における米の生産向上など一部では利益も予想されるが、被害が大幅に上回ると見られる
気温への影響
人為的な温室効果ガスの排出傾向に応じて、さらに気温が上昇し、下記のような現象が進行することが懸念されている。
 1990年から2100年までの間に平均気温が1.1–6.4°C上昇。これは過去1万年の気温の再現結果に照らしても異常。
 北極域の平均気温は過去100年間で世界平均の上昇率のほとんど2倍の速さで上昇した。北極の年平均海氷面積は、10年当たり2.1%–3.3%(平均2.7%)縮小している
 陸域における最高最低気温の上昇、気温の日較差の縮小。
 温暖化が環境中からの二酸化炭素やメタンなどの放出を促進し、さらに温暖化が加速する(正のフィードバック効果)。
 サンゴ礁の白化(サンゴ礁の劣化)による、砂礫の供給能力の低下。サンゴ礁によってできている島の水没。
気象現象への影響
気象現象への影響は一括して「異常気象の増加」、気候への影響は「気候の極端化」と表現されることがある。温暖化に伴って気圧配置が変わり、これまでとは異なる気象現象が発生したり、気象現象の現れ方が変わったりすると予想されている。たとえば下記のような変化が懸念されている。
 偏西風の蛇行、異常気象の増加。日本周辺の気候にも大きな影響を与える可能性。
 アメリカ南東部・東部の海水温上昇により、竜巻の発生域が南東部や東部に広がる。
 暑い日・暑い夜が増加し、全体的に昇温傾向となる。高温や熱波・大雨の頻度の増加、干ばつ地域の増加、勢力の強い熱帯低気圧の増加、高潮の増加。降水量に関しては異論もあるものの、たとえば下記のような影響が懸念されている。
 大気中の水蒸気量の増加により、平均降水量は増加。
 平均降水量の変動幅の増大、豪雨旱魃の増加。
 熱帯雨林の乾燥化や崩壊。
海水面への影響
気温の上昇により氷床氷河の融解が加速されたり海水が膨張すると、海面上昇が発生する。これに関しては下記のような予測や見積もりが為されている。
  ここ1993-2003年の間に観測された海面上昇は、熱膨張による寄与がもっとも大きい(1.6±0.5mm/年)。ついで氷河と氷帽(0.77±0.22mm/年)、グリーンランド氷床(0.21±0.07mm/年)、南極氷床(0.21±0.35mm/年)とつづく。
  日本沿岸では(3.3mm/年)の上昇率が観測されている
  第4次報告書(2007)では、最低18 - 59cmの上昇としているが、これは氷河の流出速度が加速する可能性が考慮されていない値である。AR4以降の氷床等の融解速度の変化を考慮した報告では、今世紀中の海面上昇量が1〜2mを超える可能性が指摘されている。
これにより、下記のような影響が出ることが懸念されている。
  浸水被害の増加。オセアニアの島国ツバルヴェネツィアの歴史的建造物をはじめとし、東京、名古屋、大阪などを含む低い土地の水没、等々。
  汽水域を必要とするノリカキアサリなどの沿岸漁業への深刻なダメージ。
  防潮扉、堤防、排水ポンプなどの対策設備に対する出費の増加。
  地下水位の上昇に伴う地下構造物の破壊の危険性、対策費用の増加。
  地下水への塩分混入にともなう工業・農業・生活用水への影響。
海水温・海洋循環への影響(「地球温暖化の影響#海水温・海洋循環への影響」を参照)
地球規模の気温上昇に伴い、海水温も上昇する。これにより、下記のような影響が懸念されている。
  生態系の変化。
  水温の変動幅拡大に伴う異常水温現象の増加。太平洋熱帯域でのエルニーニョ現象の増強。
  海流の大規模な変化、深層循環の停止。およびこれらに伴う気候の大幅な変化。
生態系・自然環境への影響(「地球温暖化の影響#生態系・自然環境への影響」を参照)
温暖化の影響は生態系にも大きな影響を与えることが懸念されている。
  二酸化炭素の増加による生物の光合成の活発化。
  生物の生息域の変化。
  寒冷地に生息する動物(ホッキョクグマアザラシなど)をはじめとする、生物種の数割にわたっての絶滅。
  サンゴの白化や北上(北半球)・南下(南半球)。
  日本においては、ブナ林分布域の大幅減少や農業への深刻な影響。
社会への影響(「地球温暖化の影響#社会への影響」を参照)
  人間の社会へも下記のように大きな影響が出ることが懸念されている。
  気象災害の増加(熱帯低気圧、嵐や集中豪雨)に伴う物的・人的・経済的被害の増加
  気候の変化による健康への影響や生活の変化
  低緯度の感染症マラリアなど)の拡大
  雪解け水に依存する水資源の枯渇
  農業、漁業などを通じた食料事情の悪化
  永久凍土の融解による建造物の破壊
日本でも60%の食糧を輸入しているため、国外での不作や不漁、価格変動の影響を受けやすく、食糧供給に問題が生じることが予想されている。
対策(「地球温暖化への対策」を参照)
地球温暖化への対策は、その方向性により、温暖化を抑制する「緩和」(mitigation)と、温暖化への「適応」の2つに大別できる。
  地球温暖化の緩和策として様々な自主的な努力、および政策による対策が進められ、幾つかはその有効性が認められている。現在のところ、その効果は温暖化を抑制するには全く足りず、現在も温室効果ガスの排出量は増え続けている。しかし現在人類が持つ緩和策を組み合わせれば、「今後数十年間の間にGHG排出量の増加を抑制したり、現状以下の排出量にすることは経済的に可能である」とされる。同時に、「今後20–30年間の緩和努力が大きな影響力を持つ」「気候変動に対する早期かつ強力な対策の利益は、そのコストを凌駕する」とも予測されており、現状よりも大規模かつ早急な緩和策の必要性が指摘されている(AR4 WG IIIスターン報告)。


水素自動車
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水素自動車とは、水素をエネルギーとする自動車のことである。既存のガソリンエンジンやディーゼルエンジンを改良して直接燃焼を行うものと、燃料電池により発電するものに大別することができるが、後者は燃料電池自動車として別枠で扱うことが一般的である。本項では前者について述べる。

水素エネルギー開発研究所
  2006年7月28日、国土交通省大臣認定を受け公道上での試験走行を開始した。試験車両は日産の市販車を改造したものである。このエンジンの特徴は、水素を直接燃焼させ、燃焼熱で水を蒸気にし(水蒸気爆発を起こさせ)運動エネルギーにするという点である。走行距離は約150km、最高時速は180kmである。フレイン・エナジー
  2008年2月、ガソリンと水素を混焼させる有機ハイドライド水素自動車を発表した。「有機ハイドライド水素」とは水素を結合した有機化合物で、常温・常圧でも保存できる特徴がある。
Ronn Motor
  2008年11月4日、米テキサス州のRonn Motor社は「H2GO」というリアルタイム水素供給システムを搭載した車両を発表した。水を電気分解して気体の水素を取り出し、ガソリンと混燃させることで燃費が向上し、エンジンからの排出物が減少するとしている。水素供給の為の貯蔵タンクなど特別なインフラを必要としない。Scorpionというスポーツカータイプで少量販売を行った
課題
  2010年代前後から各国各社のメーカーは電気自動車の開発にしのぎを削っており、燃料電池自動車の存在もあって水素自動車は影の存在となりがちであるが、普及に当たって支障となる水素の取り扱いに関する問題点は燃料電池自動車と共有するものであることから、この点に関しては燃料電池車と歩調を合わせて開発・普及が進展してゆくものと考えられる。また、既存のエンジン技術を応用できるメリットがあり、エンジンを使って加速するというモーターでは得られない内燃機関独特の走行感は、燃料電池自動車とは違うマーケットを形成できるものとも言われている。

  ヒンデンブルク号爆発事故のイメージなどから、水素は危険だというイメージがつきまとっている。だが実際はヒンデンブルク号は真っ赤に燃え上がっており、実際の事故原因は船体外皮の酸化鉄アルミニウム混合塗料(テルミットと同じ成分)によるものとされているガスタンクに亀裂が入った瞬間、水素の特性である気体中最軽量という点から急速に大気中に放出・拡散、一部は大気中の酸素とすぐに結合して水になるため、ガソリンの危険性と大差が無いのではないかという説もある。しかしながら、水素は燃焼時に炎がほとんど見えず、爆発濃度域(燃焼範囲/爆発限界)が非常に広い。ガソリンの燃焼範囲が1.4〜7.6vol%であるのに対し、水素のそれは4.1〜71.5vol%である。それゆえ引火の危険性が非常に高い。発火後の消火は容易でないことが予想される。

  また水素の物性として分子が極小のため、シリンダーブロックなどを構成する金属中に拡散・浸透し、脆くしてしまう現象(水素脆化)、および、温度変化、衝撃、衝突時の車体変形などにも考慮した水素の車両への搭載方法に関する問題が挙げられる。また、水素レシプロエンジンでは、水素の燃焼速度が高いため吸気-圧縮過程で混合気が高温の点火プラグや排気バルブに接触した際に爆発が起こりやすく、ノッキングバックファイアーなどが起こりやすい(ロータリーエンジンは構造上、バックファイアーが起こりにくい)。このため、水素混合率を極めて低くする必要があり、ガソリンを用いた場合と比較すると、出力は50 %程度に留まる。さらに水素と空気の混合気を燃焼させた場合、二酸化炭素や硫黄酸化物は生成されないが、高温燃焼過程に酸素窒素が共存する結果、窒素酸化物が生成されるという本質的な問題がある。

  その一方で、触媒レアメタルを使用する燃料電池を搭載しなければならない燃料電池自動車に対し、水素自動車は従来のエンジンを改良するだけでよいため、圧倒的に安価に仕上がるという利点もある。そのためマツダが開発した水素とガソリンのハイブリッド自動車(RX-8 ハイドロジェンRE)の価格は、従来車よりも100万円程度高いもので済まされると予想されている。
  燃料となる水素は、採掘によって得られる一次エネルギーとは異なり、水素源にエネルギーを与えて初めて得られる二次エネルギーである。現在、水素は天然ガスなどの改質によって工業生産されているが、前述のとおりエネルギーを消費するため、製造効率は60〜70%程度にとどまっている。一方、ガソリンおよび軽油の採掘・精製・運送(中東〜日本の場合)の熱効率は90%以上である。また、水素燃焼エンジン単体の燃焼効率は従来のエンジンと大差無いため、燃料の製造過程を考慮した総合熱効率はガソリンエンジンディーゼルエンジンよりも劣る。このため、水素燃焼型自動車の大量導入によって、単純に自動車用燃料を石油から水素にシフトさせても、結局はそれ以上のペースで天然ガスの消費を招き、二酸化炭素の総排出量が現状よりも増加するという見方がある。一方で、工業的に副産物として生成する水素を利用した場合には廃棄物の再利用となる。日本においては数百万台分の水素燃焼車の燃料を賄えるだけの水素が廃棄されているとされており、これらを回収・精製し、効率的に配分するインフラの構築が望まれている。このため、燃料の供給元となる水素ステーションインフラの整備も重大な課題となっている。

  また元々水素自動車が開発されるきっかけとなっていた、石油の精製過程の副産物として出てきた大量の水素ガスは、公害対策を理由として行われてきた精製設備の更新によって水素ガスが発生しないものへと変わってきている。原料である水素の製造を伴うため、全体ではカーボンオフセットつまり環境性能の向上にあたらないとの見解は根強い。
  燃料タンクについては、気体水素の密度が低く、高密度貯蔵が困難であることから、従来のガスタンク内圧(15 MPa程度)を大きく超える高圧タンクが開発されている。現在は炭素繊維複合材にアルミ合金ライニング(内張り)を施した35 MPa級高圧タンクが各所で開発され、燃料電池自動車で実用試験に供されている。DOE(アメリカ・エネルギー省)の試算によると、ガソリン車と同程度の走行距離を得るためには70 MPa級の高圧タンクが必要とされており、各研究開発機関がこの要求値を満たすタンクの開発をすすめている。これらのタンクはいずれも極めて高圧の水素をガソリン程度の安全性を維持して貯蔵する必要があるため、安全性保証のために、水素充填時のタンクをライフルで撃つガンファイアテストなどをクリアする強度を持たなければならない。

  このような貯蔵密度の問題を回避するために、BMWGM、そしてGM傘下のオペル液体水素タンクを開発し、実用評価を行っている。液体水素は極低温であるために、断熱対策が万全でないと貯蔵されている水素が気化する。BMWは、貯蔵開始後からボイルオフが始まるまでの時間を3週間程度まで延ばすことに成功している。さらに事故などでタンクが破損した場合の危険性もガソリンと同程度か、ガソリンより低いと思われる水素吸蔵合金の性能が向上すれば、低圧で比較的穏和な水素供給が可能なタンクが開発されると考えられているが、現状では、吸蔵放出温度、吸蔵放出速度、吸蔵放出時の反応熱のやりとり、合金質量などの点において未解決の問題が多い。
  すでにエタノール、メタノール、液化天然ガスなどの燃料で低公害車は普及している。アルコール系燃料は技術的ハードルが低く、ブラジルでの普及やモータースポーツでの使用などもあり、安全性やインフラなどの技術も確立している。水素燃料は走行時に二酸化炭素を出さないという環境面でのメリットがあるが、前述のように非常に多くのデメリットがあり、それらが実用化を妨げている。


ニューディール政策
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ニューディール政策: New Deal)は、1930年代アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルト世界恐慌を克服するために行った一連の経済政策である。新規まき直し政策、単にニューディールとも呼ばれる

概要
  ニューディール政策はそれまでアメリカの歴代政権が取ってきた、市場への政府の介入も経済政策も限定的にとどめる古典的な自由主義的経済政策から、政府が市場経済に積極的に関与する政策へと転換したものであり、第二次世界大戦後の資本主義国の経済政策に大きな影響を与えた。
  「世界で初めてジョン・メイナード・ケインズの理論を取り入れた」と言われるが、彼の著書『雇用、利子および貨幣の一般理論』は1936年に出版されており、ニューディール政策が開始された1933年よりも後である。原案は、いち早く世界大恐慌から脱した日本の高橋是清が考案政策(時局匡救事業)と大半の部分で共通している。
  「ニューディール(New Deal)」という政策名は、マーク・トウェイン1889年に発表した小説『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』において主人公が実施した政策にちなんでいる
経緯
  ルーズベルトは大統領就任前のラジオでの選挙演説で「大統領に就任したら、1年以内に恐慌前の物価水準に戻す」と宣言した。
  ルーズベルトは1933年3月4日に大統領に就任すると、翌日には日曜日にもかかわらず「対敵通商法」に基づき国内の全銀行を休業させ、ラジオ演説で1週間以内に全ての銀行の経営実態を調査させ預金の安全を保障することを約束し、銀行の取り付け騒ぎは収束の方向に向かった。ルーズベルトは1933年に大統領に就任後、ただちに大胆な金融緩和を行ったため信用収縮が止まっている。
  ルーズベルトは、次に述べる100日間の直後にグラス・スティーガル法を制定して、この約束を果たした(連邦預金保険公社の設立と銀証分離)。
  更に連邦議会に働きかけて、矢継ぎ早に景気回復や雇用確保の新政策を審議させ、最初の100日間でこれらを制定させた
   ・緊急銀行救済法 ・TVA(テネシー川流域開発公社)などによる右写真のような公共事業 ・CCC(民間資源保存局)による大規模雇用 ・NIRA(全国産業復興法)による労働時間の短縮や最低賃金の確保 ・AAA(農業調整法)による生産量の調整 ・ワグナー法「全国労働関係法」による労働者の権利拡大
  さらに1935年には第二次ニューディールとして、失業者への手当給付・生活保護から失業者の雇用へという転換を行い、WPA(公共事業促進局)を設立し、失業者の大量雇用と公共施設建設や公共事業を全米に広げた。
  対外的には保護貿易から自由貿易に転じ、大統領権限による関税率の変更や外国と互恵通商協定を締結する権限が議会で承認された。変わったプロジェクトとしては公共事業促進局の実施する対数表プロジェクト (Mathematical Tables Project) があり、同プロジェクトにおいて対数表の精度向上の試みが行われた。これは弾道計算や近似計算の精度向上に寄与し、第二次世界大戦時の米軍の着弾命中精度の向上やマンハッタン計画における爆縮レンズZND理論)に影響を与えた。

政策に対する賛否
  これらの政策によって経済は1933年を底辺として1934年以後は回復傾向になったが、NIRAやAAAといった政策のいくつかが最高裁で「公正競争を阻害する」とする違憲判決を出された。さらに、積極財政によるインフレ傾向および政府債務の増大を受け、財政政策金融政策の引き締めを行った結果、1937-1938年には失業率が一時的に再上昇する結果となった。その後、第二次世界大戦に参戦したことによる、アメリカ合衆国史上最大の増大率となる軍需歳出の増大により、アメリカ合衆国の経済と雇用は恐慌から完全に立ち直り著しく拡大した。
  結局、名目GDPは1929年の値を1941年に上回り、実質GDPは1929年の値を1936年に上回り、失業率は1929年の値を1943年に下回る、という経過をたどった。
  ニューディール政策以後のアメリカ合衆国では、連邦政府の歳出やGDPに対する比率が増大し、連邦政府が強大な権限を持って全米の公共事業や雇用政策を動かすこととなり、さらに第二次世界大戦により連邦政府の権力強化や巨大化が加速し、アメリカ合衆国の社会保障政策を普及させた。
  中野剛志は「ルーズベルト大統領は『ニューディール政策』を実行し、デフレ脱却に向けた政策レジームの大転換を行った。その結果、人々はそのレジーム転換に反応しインフレを期待し行動するようになり、アメリカ経済は恐慌から脱出した」と指摘している。

  ミルトン・フリードマンは「1929-1933年と1933-1941年の期間は別に考えるべきである。大恐慌ではなく大収縮を終わらせたのは、銀行休日、金本位制からの離脱、金・銀の購入計画などの一連の金融政策であったのは間違いない。大恐慌を終わらせたのは、第二次世界大戦と軍事支出である」と指摘している。
  宇沢弘文は「結局は、ニューディール政策がどういう結果・成果をもたらしたかが解る前に第二次世界大戦に突入してしまった」と述べている。また宇沢は「フリードマンが中心となって、ニューディール政策のすべてを否定する運動が展開された。ロナルド・レーガン政権の頃にはニューディール政策は完全に否定された」と述べている。
  経済学者の矢野浩一は「ニューディールは、『財政政策による効果が大きかった』と考えられてきたが、その後の研究で『金融政策・財政政策を組み合わせた政策パッケージ(ポリシーミックス)に効果があった』」と理解されるようになった」と指摘している。矢野は「1937年にアメリカ政府は増税を実施し、FRBも金融を引き締めたために、1938年には景気が腰折れし、再度不況に突入した。これが『1937年の失敗』」と呼ばれる歴史的教訓である」と指摘している。
  経済学者のロバート・ルーカスは、「1934年の預金保険の整備、グラス・スティーガル法による銀行と証券を分離によって、銀行が過度なリスクをとれないようにする金融規制の体系が整った」としており、「この銀行規制は数十年にわたって、大恐慌の再発を防止した」としている。
金融政策
  経済学者のクリスティーナ・ローマーは、「大恐慌期のGDP回復は、ほとんど金融緩和によってもたらされた」とする論文を発表している。 ベン・バーナンキは、大恐慌期からの回復・デフレ脱却は、金本位制停止による金融緩和の実現可能性が寄与したとしている。
財政政策
  経済学者の田中秀臣安達誠司は「ルーズベルト大統領の『ニューディール政策』は、財政支出の規模は対GDP比で5%前後とフーヴァー大統領の時代とそれほど変化はなかった」と指摘している。

  クリスティーナ・ローマーは、ニューディールの財政政策は効果がなかったと、経済史的研究から結論づけている。ローマーは、1930年代からの重要な教訓は、小さい財政刺激は小さい効果しかもたないことだ(One crucial lesson from the 1930s is that a small fiscal expansion has only small effects.)と2009年に述べている。2013年には「私の考えでは、大恐慌から学べるのは、この理論【財政政策は試してみれば機能する】が実証的な根拠によって確証されるということです。1930年代に用いられたとき、財政政策は現に回復に拍車をかけています。主な問題点は財政政策が余り用いられなかったことなのです。」と述べている。

  ポール・クルーグマンは「一部の経済学者は大恐慌やその意味合いを決して忘れなかった。その一人がクリスティ・ローマーである。危機開始から4年経った今(2012年)、財政政策に関する優れた研究(そのほとんどが若い経済学者によるもの)が増えつつある。そうした研究は概ね、財政刺激は有効だと裏付けるものであり、大規模な財政刺激をすべきだと示唆している。」「特に私やスティグリッツやクリスティーナ・ローマーが、不況に直面して支出削減をするのはそれを悪化させるだけで、一時的な支出増が回復に有益だと主張しているのを読んだときに、『これは彼らの個人的見解である』とは思わないようになってくれることを願いたい。ローマーが財政政策についての研究に関する最近の演説で述べたように、
  (財政政策が重要だという証拠は、かつてないほど強くなっています--財政刺激は経済が職を増やすのに役立ち、財政赤字を減らそうとすれば少なくとも短期的には成長を引き下げてしまうのです。それなのに、この証拠は立法プロセスには伝わっていないようです。)

  僕たちはそれを変えなければならない。」。
  ロバート・ルーカスはローマーの分析を「他の理由ですでに決まっていた政策に対して、後付けで正当化を行った迎合」と批判した。
  ロバート・ルーカスの見解について、ポール・クルーグマンは「その根拠は『リカードの中立命題』という原理だった。そしてその主張によって、その原理の実際の仕組みをそもそも知らないか、知っていたにしても忘れてしまっていることを暴露した」と批判した。

  小室直樹は、「ニューディール政策の多くは、あまりにも革命的でありすぎたため、つぎつぎに連邦最高裁によって違憲判決が下されたほどであった。ルーズベルト大統領は、仕方なく、親ルーズベルト的法律家を、多数、最高裁判事に任命して、やっと合憲判決をせしめるという戦術をとらざるをえなかった。普通の人々の会話において、「あいつはニューディーラー」だと言えば、戦前の日本において、「あいつはアカだ」というくらいの意味であった。」「せっかくTVA(テネシー渓谷開発公社)などの設備投資増大政策をとっても、古典派(当時のアメリカにおいては、圧倒的多数派であった)に反対されると、すぐよろめく。そんなに設備投資をして政府支出を激増させると財政は破綻するぞと諫められると逡巡する。」と述べている。
  宇沢弘文は、「アンシャンレジームは特にTVAに必死に抵抗し、「民間がやるべき仕事を政府がやるのは違憲だ」という訴訟を何度も起こし、連邦最高裁判所も違憲判決を出す。それを受けて、1943年、TVAは組織を大幅に変えて、地方政府の資金で地域開発を担当する制度となって、辛うじて社会的共通資本としての体裁を保つことができた。TVAと銀行法の二つを市場原理主義者たちが繰り返し批判し、その解体を試みたわけである」と述べている。
ケインズとの関係
  ルーズベルト自身は財政均衡主義者であり、赤字財政に否定的だったとされている。ケインズが提案した財政政策をルーズベルトが採用したとされているが、それについてはルーズベルト自身が否定している。ルーズベルトは、1934年にケインズと一度だけ会っているが、「統計の数字ばかりで理解できなかった」と話している。ケインズと直接対話したルーズベルトは、ケインズの赤字国債発行による景気刺激政策の話を「途方もないホラ話」と切り捨てたとされる。なお、ニューディール政策は1933年から実施されており、ケインズの『一般理論』は1936年に出版されている。
日本
  戦後の日本人の常識の一つに、世界恐慌はルーズベルト大統領によるケインズ型の財政政策によって回復した、というものがある。
  田中秀臣は「今日のケインズ政策の理解の原型(ニューディール型の政策による世界恐慌からの脱出というシナリオと金融政策の事実上の無視)は都留重人によって広められた」と指摘している。
  経済学者の都留重人は「『国民的利益』概念の2つである『国防』と『全的就業』が同時に満たされたことが、太平洋戦争開始に至るまでの好戦的態度の十分の根拠となった。『ニューディール』政策はこうして戦争に繋がっていった」と指摘している。田中秀臣は「政府のケインズ型財政政策が戦争を招き、戦争によって世界恐慌が解決された、という今日でも散見される主張の起源は、都留によるものである」と指摘している。








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